エンリケ・ゴメス・カリーヨのこと

エンリケ・ゴメス・カリーヨ (Enrique Gómez Carrillo) は19世紀末から20世紀にかけて活躍したグアテマラ人です。新聞記者や外交官として海外で活躍し、いくつかの著作を残しているのですが、この方が20世紀初頭に日本を訪問していることはあまり知られていません。

1873年(明治6年)生まれのエンリケは文才に恵まれていたのだそうで、奨学金を得てスペインで勉強し、やがてはパリに住みつくようになってオスカー・ワイルドなどの作家と親交を得ます。

そうやってヨーロッパでボヘミアンな生活を謳歌していたエンリケですが、1904年、日露戦争で日本が勝利したというニュースを聞いてこの極東の国への関心を深め、新聞社を説得して日本訪問を実現したのだそうです。

19世紀後半と言えば、イギリスやフランスではジャポニズムが花開いていましたし、そういう点でも日本への関心があったのかもしれません。

そして残した日本関連の著作が3つ。

いずれもリンク先でアーカイブされているのが見られます(もちろんスペイン語)。

19世紀末から20世紀にかけて日本を訪れたグアテマラ人はそれほどいないと思われるのですが、エンリケはそういう数少ないグアテマラ人の一人であったようです。

現在グアテマラシティの1区には彼の名を冠した公園があり、ロドルフォ・ガレオッティ・トーレスが造った胸像があります。

“Busto de Enrique Gomez Carrillo, en el Parque La Concordia, Ciudad de Guatemala” by Sebastian Oliva, licensed under CC BY-SA 4.0

これ、エンリケ・ゴメス・カリーヨ公園に置かれています。そりゃここ以外のどこに置くのよ、って気がするシロモノではありますが。

ちなみにこの方、3度結婚しているのですが、その間にかの有名なドイツのスパイ、マタ・ハリと関係があったとかなかったとかの噂が広まったりもしていますし、3度目の妻は後にサン・テグジュペリの妻となるコンスエロ(エルサルバドル人)であったりと、なかなかにユニークな?人生を送っていたようです。

コンスエロと結婚した8ヶ月後、エンリケは脳卒中のために1927年にパリで亡くなります。享年54歳。もっといろいろ見聞きして作品を残して欲しかったですが、エンリケがコンスエロと幸せに結婚生活を送っていたら、サン・テグジュペリの「星の王子さま」は誕生しなかったのかも?などと想像するといろいろ感慨深いです。

以前少しエンリケさんの作品を読み始めて途中になっていたのがあるのですが、時間のある時に少し読んでみたいと思っています。もし読了できれば、ここで感想などお披露目する日もあるやもしれません。

読めれば、ですが。

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