Monthly Archives: February 2018

内戦犠牲者の日

グアテマラでは2月25日は「内戦犠牲者の尊厳の日 (Día Nacional de la Dignidad de las Víctimas del Conflicto Armado Interno)」。1960年から96年にかけて続いた内戦の犠牲者を振り返るためのこの日は、1999年に歴史究明委員会 (CEH: Comisión para el Esclarecimiento Histórico)が内戦時代の人権侵害行為等をまとめた報告書を出した日に由来するのだそうです。

和平調印後20年以上が過ぎたものの、当時の多くの人権侵害事件は未だ係争中であったり裁判にもならなかったり、その一方で未だ行方のわからない家族を探し続ける人たちもいます。

以前取り上げたマルコ・アントニオ・モリナ・ティッセンの失踪事件も裁判は遅々として進まず、肝心のマルコ・アントニオの行方は杳として不明のままです。

2月25日が日曜日であった今年、犠牲者を祈念するセレモニーが本日行われました。マルコ・アントニオのお母さんや姉さんも式典に出席しています。昨年始まるはずだった、マルコ・アントニオの失踪事件の責任を問う公判は、明日3月1日に開始する予定となっています。家族が求めるのは「責任の追求」と「マルコ・アントニオの行方」。それが実現するまでは、ご家族にとっての内戦は終わりにならないのだろうと思います。

どうか、そうでありますように。

 

アルシュ・ナゥアル

いいバンドに必ずしもいいドラマーがいるとは限らないけれど、いいドラマーがいるバンドはいい。というのは私の自説です。

昨日26日、グアテマラを代表するドラマー・パーカッショニストのレニン・フェルナンデスが亡くなりました。心臓発作とのことですが、享年59歳。1987年から2012年まで、アルシュ・ナゥアル(Alux Nahual)というグアテマラを代表するバンドでドラムを叩いていた人でした。

アルシュ・ナゥアルは1979年に結成されたバンドです。ボーカルのアルバロ・アギラールのカリスマ的な魅力もあり、特に80年代、90年代は大人気であったようです。途中休止期間もあったものの、現在も活動を継続中です。

このグループの代表作と言えば、Alto al fuego(アルト・アル・フエゴ/戦火を止めろ)。1987年、まだ内戦が激しかった頃に発表されたこの曲はアルバムタイトルともなっています。私はオンタイムでこの歌を聞いていたわけではないのですが、コンサートでこの歌になると、観衆も一緒になって歌い、アギラールとともに手を動かしていたのだとか。

なお、レニンはこのアルバムから参加しており、彼のドラムがアルシュ・ナゥアルに勢いをつけていったのでもありました。

このビデオはそのアルト・アル・フエゴ。1988年に当時あった新聞社の地下で撮影したものだそうです。皆、若ー。アルバロなんか、今の半分くらいのスキニーさ。「戦火を止めろ、戦火を終わりにしろ (Alto al fuego, cese al fuego」というところで手が動きますのでご注目。

今見ても格好いいですねぇ〜。

誰もが想像しなかった、早すぎるレニンの死。若手のサポートにも熱心な人だっただけに、残念です。

QEPD

アパートの泥棒

昨日、我が家のドアベルが鳴ったので出てみると、同じアパートの3階の住人でした。1階に住む私たちの上のそのまた上の部屋。3階建てのアパートなので、最上階でもあります。

曰く、「夜の内に泥棒が入って、携帯を盗まれた。3階だからと鍵をかけてなかったんだよね」という話でびっくりです。このアパートに住むようになって4年が経っていますが、泥棒話は初。我が家は街道から枝道に入ったところにあるのですが、しばらく前からこの枝道から別れる小枝道の先に大きなアパートを建てており、建設作業の人たちが多く通るようにはなって、若干物騒なんじゃ〜と思っていたところではありました。

建設作業の人がどう、というわけではないのですが、比較的人通りの少ない枝道なので、そうじゃない人が住民なみにわっと増えるのは、正直脅威ではあります。ただし、今回の泥棒は建設作業の関係者ではなさそうな。

昨年、アパートに監視カメラを設置しているのですが、それによると犯人はバイクでやってくるとアパートの横に面する道に止め、電柱伝いに塀を乗り越えて中に入ると、1階(我が家)の庭の柵に上って2階のベランダへと上がり、続けて3階まで上るとベランダの引き戸から中に侵入し、携帯と財布を盗んで来た道を引き返したのだそうな。駐車場に止まっていた車に上って塀を乗り越えたと言いますから、どうもアパートの中の事情をある程度把握していた人だと思われるのですよね。被害にあったアパートを訪れていた可能性さえあります。

というわけで、ちょっとばかり背中がゾワゾワするのですが(何といっても我が家の庭の柵を乗り越えたってあたりが)、ちょっと笑っちゃったのは、既に被害にあった携帯は持ち主の元に戻っているというところ。GPSで行方を突き止めたらしいです。さて、犯人は捕まったんでしょうか。。。

これを受けて、アパートの管理人さんの方でも塀に有刺鉄線をつけることを検討しているようです。用心に越したことはない。何と言ってもここはグアテマラなんだし。

むしろ、この4年間、被害がなかった方がラッキーだったということなのかもしれません。

私の予想では、数年後には街道から別れる枝道のところにゲートができて、関係者以外は入れなくなるんじゃないかと。グアテマラではそういうクローズドな住宅地はどんどん増えており、そうじゃない一軒家では警備システムを備えていたりします。

何とも気の重い話ではありますが、自分の生活は自分で守る、が原則な国なのでやむを得ない。とは言え、気をつけるにも、限界ってものがあるんですけれどね。

 

ハカランダ

今朝9キロ近く走ったのですが、その後太陽がギラギラしているところへハカランダを収集に出かけ、さすがに今日は疲れました。

Jacaranda

本当は太陽の光が強い時間はあまり写真向きではないのでしょうが、逆にコントラストがくっきりして良かったかも。葉もかなり出ているので、一面紫という感じではありませんが、やっぱり綺麗です。

木によってはまだ花をつけていないものもあり、ひょっとしたら時間差で花をつけるのかしら。

そう言えばラス・アメリカス通り、中央分離帯ともなっている緑地帯、新たにハカランダが植えられているところもあり、この先、もっともっと増えていくのかもしれません。いつの日か、通り全体が紫に染まることもあるのかな?今ある松の木やピト、夾竹桃も残して欲しいし、それよりはむしろ電線の撤去とかした方がいいんじゃ?とかは思うのですが。

高村薫「冷血」を読む

一番最初に高村薫の作品を読んだのは20年ちょっとくらい前のこと、「リヴィエラを撃て」でした。行間にアイルランドの冷たい大地に吹く風が感じられるような、硬質な文章とスケールの大きな世界にすっかり圧倒され、惹きつけられ、一気に読んだものでした。この作品は今でも私のお気に入りとなっています。

その後も折りに触れ高村薫の作品を読んでいますが、「リヴィエラを撃て」の次に好きなのが「マークスの山」。「マークスの山」で主人公であった合田雄一郎が登場するものは一応全部読んでいます。時とともに、人の内側に深く下り、出来事よりも思考や感情を描くようになっており、物語としては退屈かつ難解になってきたようですが、それでもやっぱりちゃんと読んでしまうし、一気に読んでしまう。高村薫の筆力というのはものすごいと思いますが、万人向けではないでしょうね。

「冷血」は2010年から11年にかけて週刊誌に連載され、2012年単行本として出版された作品です。中心にあるのは歯科医の一家4人の殺人事件、その犯人2人と相対する合田雄一郎ら警察官。最初に被害者の娘、犯人2人らの事件前の行動がかなり詳細に描かれ、殺人事件が発生、その後は合田を中心に話が進みます。なので、犯人探し的なミステリーではありません。この後は延々と「なぜ犯人は4人を殺害したのか」という犯人の内面に降りていく物語が続きます。上下巻合わせて600ページ近い物語の半分以上がその調子で、相変わらず合田さんはうだうだとあーでもないこーでもないをつぶやいている人だなぁと思いながらも、やっぱり一気に読んでしまうのであります。

「特に理由なく」4人を殺害した井上と戸田の2人に対し、本当にそうなのか、もっと何か深い理由があるのではないかと逡巡する刑事たち。つかみどころのない井上の心をわずかに開いたのが博物誌というのもまた面白いのですが、実際のところ、殺人犯を描きながらも一番深く描かれているのは合田本人のことなのでした。

現在、やはり合田が登場する「我らが少女A」が毎日新聞で連載されているのだとか。連載はさすがに読めないのでどんな物語か想像もつかないのですが、相変わらず合田さんってブツブツいいながら仕事しているのかなぁと思ったりしています。

なんだかんだ言いながらも合田ファンなので、楽しみにしているんですよね。

春宵

今週はバタバタと忙しく、帰宅後はかなりグッタリです。今日も実はもう眠い。。。

年なので、無理をせずにとっとと寝ることにしようかと思います。

ここ数日、すっかり冷え込みがゆるみ、春本番というか既に「夏」を思わせるような気候となっています。今週末はカメラを持ってハカランダを眺めに行ってこようかな。

冷え込みが厳しく、その後で一度に暖かくなったせいか、もうかなり葉も出ているようですが、ハカランダはハカランダ。見られる時に眺めて浮かれるのがハカランダの楽しみ方ってものです。

寒くないのって本当に快適。そんなことを思いながら、一方眠い頭で何を書いているのかわからないまま、夜は更けてゆくのでありました。

 

母語の日

2月21日は国際母語デー(International Mother Language Day)なんだそうで。母語と文化の多様性の尊重、加えて多言語の使用の推進を目的としてユネスコが定めた国際デーの一つです。

上記のデータでは、現在世界で話されている言語は7016。エスノローグによれば本年7097言語だそうですが、方言やバリエーションをカウントすると膨大な数になりそうです。

大陸ごとに分けると

  • アメリカ: 1060言語
  • ヨーロッパ: 285言語
  • アフリカ: 2146言語
  • アジア: 2303言語
  • オセアニア: 1312言語

やっぱりアジアは多いですが、逆にヨーロッパの少なさが目を引きます。昔むかしはあったであろう言語が淘汰されてしまったのでしょうね。

目を引くのは、アメリカ大陸の1060言語の内、60.4%が絶滅の危機にあるということ。言語が話し続けられるためには10万人が必要だと言われていますが、現存するマヤ系言語30の内、10万人以上を擁するのは9言語程度です。マヤだけどその言語を話さない人もいますから、人口の少ない言語はあっという間に話されなくなってしまうのかも。そうするとスペイン語が母語の人がもっと増えるのかもしれないな。

母語は自分が自由に読んだり話したりするだけではなく、感情や思想を操るものでもあれば、アイデンティティーや文化にまで至るものでもあります。無くならないで欲しいとは思うものの、「保存」という名目で強制するわけにもいかないですし。無くなるのもまた自然、ということなのでしょうか。