Monthly Archives: July 2017

そっくりさん

先日昔の写真を見ていたら、こんなのが見つかりました。小僧本人の顔が出ているけれど、もうかなり昔だし、いいよね?

Untitled

ミラフローレス博物館にある、カミナルフユ遺跡出土のモニュメント10、フォーフェイスの像と小僧。同じ顔だ!!!いえ、同じ顔して、と言ったのは私なんですが、あらためて見るとよく似てるわ、と(笑)

この石、4面に顔が刻まれているのでフォーフェイスと名付けられたのだと思います。どの顔もこんな風に歯を食いしばっているのですが、どうしてなんだろう。

この石、おそらくは玉座の台として使われていたんだろうと考えられています。これ1個じゃなくて、同じようなのが他にもあったはずだ、と。歯を食いしばっているのは「重い〜」てなことを言いたかったのかな、とか。

それにしても小僧とこの石、マジ似ていると思いませんか?鼻の感じも、目の感じも良く似てる。顎がこんなに四角くないので口元は違ってますが、むむむ、ヤツはひょっとしてマヤ系だったんだろうか。

……なんてことを思ったのでした。

アラフィフでもできること

今日のエントリーは先日のと若干重複します。

今年に入ってから、月に一度の割合で、5kmマラソンの大会に出ています。今日も大会がありましたが、以前より少しは走れるようになってきたのが嬉しい。今のところはタイムよりもどれくらい走れるか(歩かないか)を気にしています。始めた頃は、本当にちょっと走ると息が上がって続かなかったのが、スピードはありませんが、歩かずに走り続けられる距離が長くなってきています。継続は力なりだー。

実際の参加者は1800人くらいのようです。5kmと10kmの参加者が混じっていて、タイムを競いたい人にはちょっと不向きではありますが。Fundecan(フンデカン)、癌患者友の会財団とでも訳したらいいのかな。この団体の資金集めのための大会です。ハーフマラソンの大会だと本当に走りたい人だけになりますが、これくらいのは家族参加も多くて、タイムを気にする人は少ない(笑)

さて、ここ数年間くらい運動らしい運動をまったくしていなかった私が、アラフィフになってから走るようになったのは、何と言っても自分の老化を実感していたからに他なりません。普段はデスクワーク、通勤は車、そんな日が続くとまず太る、そして筋力が落ちる、少し歩くとゼイゼイする。おまけに一昨年には関節を傷めたり膝を傷めたりと続いたし、これはちょっとこのままではいかん。とさすがの私も重い腰を上げたのでした。

そうは言っても習慣のなかったものを始める、というのは結構大変なことです。ジムにでも通えば良いのかもしれませんが、結構費用もかかるし、やりたい時にすぐできるというわけでもないし。アパートに付いている小さなジムでささやかにトレッドミルやエアロバイクを始めたのは、小僧の学校が休暇になった昨年の10月頃でしたか。仕事の後の帰宅後に30分というの、時間的には厳しいですが、2人でやることでなんとか習慣化できたようで、小僧が大学に通い始めた後は、朝の30分ほどを使ってトレッドミルで走ったり屋外へ行ったりするようになりました。

大会に出るのは、モチベーション維持のためでもあります。これがあるから、やっぱり普段から少しは走りこまないと、と思いますもんね。5kmなら参加するハードルも低いですから、いろいろと大会があるのはありがたいことです。

アラフィフになってから始める運動で、重要なのは「とにかく怪我しないこと」。治るのにも時間かかるし、再びやる気になるまでに時間かかりそうな気がします、というかやる気になるかどうかもよくわからない。

そんなわけで安全第一。過去、関節を傷めることが多かったので、無理しない、頑張りすぎない、できることを少しずつ増やしていく、てな感じで続けています。最初は1分走るところからのスタート。若い頃なら何とも思わずに走れたはずですが、トレーニング始めた頃は1分走るのがやっとという有様で、我ながら唖然としたものです。ううっ、老化怖い。

今日の目標は「20分ランー20分ウォークー残り全部ラン」。ゆっくり走ろうと思っても、大会ではやっぱりいつの間にか早くなってしまって、20分ランの後半はかなりきつかったのですが、それでもなんとか走ることができたので、目標達成。

アラフィフともなると、今までできたことができなくなったりとか、自分にがっかりすることも多いのですが、ゆっくりでもやればできるようになることもある、とささやかな自信を持てたのも嬉しいことです。

このまま、ずっと続けられるといいのですが、さて、どこまでいけるかしら。

カルロス・バレンティのこと

カルロス・バレンティ(Carlos Valenti)は1888年にパリで生まれた人です。父親はイタリア人、母親はフランス人だったようですが、まだ小さかった頃に家族とともにグアテマラに引っ越し、後にはグアテマラ国籍も取得していたようです。

芸術、特に絵画に秀でていたカルロスの周辺にはやはり芸術や文学の才のある人たちが集まります。グアテマラを代表する彫刻家であるカルロス・メリダ(Carlos Mérida)、カミナルフユ遺跡の発掘調査にも参加した画家のラファエル・ジェラ(Rafael Yela)、グアテマラシティに数々の作品を残している彫刻家のラファエル・ロドリゲス(Rafael Rodríguez)、作家のラファエル・アレバロ(Rafael Arévalo)やカルロス・ワイルド(Carlos Wyld)ら。

当時の芸術家はカルロスとラファエルしかいないのか、と妙なところに感心もしますが、中でもカルロス・メリダとは親しく、1912年には一緒にパリへと留学します。

Carlos Valenti - imagen completa.jpg
By Edward Bar – http://carlosvalenti.org/pages/inicio.php?lang=ES, Public Domain, Link

残念ながら10代の頃から糖尿病を患っており、パリへ留学した後はそれが悪化、まだインスリンによる治療が行われる以前であった当時には有効な治療法がなく、日に日に視力が悪化していきます。医者に診てもらったところ「目を酷使するから絵を断念するように」と言われ、絶望して自殺、短い生涯を終えたのでした。享年23歳。そのままパリのモンパルナス墓地に埋葬されたそうです。

バレンティの作品は何点か残されており、グアテマラシティの国立カルロス・メリダ近代美術館には数点が収蔵されているそうです。

知らなかったというか、多分過去にバレンティの名前を聞いたことくらいはあるんじゃないかと思うのですが、ほとんど知らなかったのは感心がなかったからに他なりません。急に感心が出た理由というのは、先日買ったエドゥアルド・ハルフォンの本に登場してくる、ということ。

「パンとビール」は一友人たちの証言によるバレンティのバイオグラフィーとでも言えばいいのかしら。まだ読了していないので違っているかもしれませんが、以前にも書いたように各章ごとにわざわざ別の紙に印刷した絵が貼り付けられています。この絵がバレンティの絵なのでした。

LA PINTORA.jpg
De http://carlosvalenti.org/pages/su-obra.phphttp://carlosvalenti.org/pages/su-obra.php, Dominio público, Enlace

本は日本の文庫本より若干小さく、さらに貼り付けられた絵はもっと小さいのですが、別の紙に印刷されたものを、出版社の人たちが1枚1枚手で貼り付けたのだそうです。なので本によっては絵の貼り付けられている位置が異なるとか、絵がはがれている、なんてのもあるかもしれません。作者であるハルフォン自身がこだわった本だったのでありました。

そんな思いの詰まった本については、また別途書かせて頂くことにして、今日はカルロス・バレンティのことを書き留めておきたかったのでした。

<参考>

10kmに264個

先日ちらりと書いた、ケツァルテナンゴとレタルレウを結ぶ国道の崩落は、突貫工事でなんとか一車線だけ通行可となったそうです。

急坂のこの国道(CITO 180)は、雨が降るととにかくトラブルの多い道路で、昔むかし、2010年に熱帯暴風雨アガサがやって来て国内各地に大雨を降らした直後、この道路を上るという無謀な行為をしたことがありました。若気の至り的な。

写真があんまりクリアーじゃありませんが、途中でこんな風に倒木が道をふさいていたり。

Zunil: Arbol caído en la carretera

私はここで泣きそうになりましたが、他の車は慣れているようで(?)歩道に乗り上げてさっさと通過。恐る恐る真似して無事通過です。

Río Samalá

サマラ川はとんでもない濁流。霧も濃く、生きた心地のしない道路でした。雨季には二度とここを通らない!と心に誓ったのは言う間もありません(そしてその後通ったことがありません)。

とりあえず、崩落しなかった方の一車線を使って片側交互で使うのだと思いますが、全線復旧は数ヶ月後の予定。この国道が使えなかった間、他のルートを使わざるをえなかったわけですが、迂回路となった付近で、「交通量が急に増えて、水道管が破裂して水が出なくなった」とか「舗装されていない道を多くの車が通るから、ぬかるみとなってしまい、悪臭がする」とか「バス代が高くなった」とか「街灯がないので、夜間には通れない」とかいろいろ問題も多かったようで、その分の損害は国が補填してくれたり…するはずはないのか。

いやもうなんとも無責任な政府です。

ちょっと面白かったのは、プレンサ・リブレ紙がCA-2(中米道2号線、太平洋側低地をメキシコからエルサルバドルまで結ぶ道路)を走ってみたところ、10kmの区間に264個の穴があったという話。

低地のこの付近は、雨季の雨の降り方が半端なく激しく、加えて大型車がたくさん通る道路なこともあって、以前から道路の状態が非常に悪いという話ではあったのですが、10kmで264個というのは想像を絶する多さです。40m弱に穴1個の割合。モグラ叩きをするんだったら楽しいかも?

もちろん穴には大小あり、小さいものというか深さがあまりないものはそれほど問題ないのですが、中には25cmの深さのあるものもあるとか。スピードを出していれば相当の衝撃でしょうし、サスペンションその他を傷めそうだし、実際にはタイヤがバーストしてしまうことも少なくないそうです。パンク修理屋さんはその辺りで仕事をすべき、というかお店の前に深めの堀ほっとけば商売繁盛間違いなし。

そんなレポートがYouTubeにあります。

私がよく通るエルサル街道にもパンクの名所があるんですよね。しばらく前にかなり深い穴ができていて、少なくとも今日までのところ穴埋めされた様子はありません。それでも四輪車ならまだその程度で済みますが、二輪車だと危なすぎる。

というわけで、我らがジミー大統領は「もう正式な入札などやってられない!」と陸軍工兵隊を引っ張り出してきたのでありまして、わからんでもない。かな。

ローマは一日でならず、とか言いますが、グアテマラの道路は修理したと思ったらまた穴が開くというシシュポスの岩のような不条理状態。いつの日か、快適なドライブを楽しめる日はやってくるんだろうか…

チャプルテペクのリス

今日はいろいろとやっていたら書いてる時間がなくなりました…。なので写真を一点。

Ardilla @ Chapultepec

メキシコシティのチャプルテペク公園にはたっくさんのリスがいるようですが、この子もその一人。ここのリスは人間に慣れているので、近づいてもほとんど逃げないです。餌をあげている人には喜んで近づいてくるし、君たち、自分でも食べ物探して食べるんだよね?ね??

リスってこうやって見ると火星人っぽいよねぇ。それにしても丸々と太った子ですよね。この子の他にも何匹かウロウロしていました。

グアテマラシティだと、エリック・バロンド公園(昔のラ・デモクラシア公園)あたりならリスがいそうです。でもこんなに人懐っこくないんじゃないかなぁ。ウチの近くでもたまに見かけますが、住処が多分ちょっと引っ込んだところにあって、でもその付近は新しいアパート建設のために、かなり伐採されてしまったんですよね、林。

そういえば引っ越しした当初はトカゲとか見かけることはありましたが、最近は全くなし。それでも朝になるとどこからともなく聞こえて来るいろんな鳥たちは健在だし、ハチドリも時折我が家の庭にやってきます。

首都圏の都市化は止められないとは思うのですが、残された自然を守り、共存できるようにしなければ。チャプルテペクのリスたちは、一体何匹くらいいるんでしょうね。広い公園の中、のんびりくつろいでいる人間どもを見ながら世間話をしていたりしてね。

田沼恋しき

今は雨季の中休みに当たるカニクラで、雨も少なくなっていますが、今週末からまた雨が降るだろうという予報です。雨は必要だけれど、毎日毎日降る日が続くとうんざりです。どうせ降るなら夜間だけにしてくれるといいんですが。

雨続きのお陰もあって、国内の道路網の舗装がひどいことになっています。舗装だけならともかく、土砂崩れとか道路崩れとか笑えない話も多々。そんな一つがケツァルテナンゴとレタルレウを結ぶ国道で、7月18日に188km地点でほぼ一車線分の道路が崩落し、現在も通行止めのまま。復旧までには数ヶ月がかかるかも…と言う噂です。

この道路、西部高地と低地を結ぶ重要な道路なのですが、地元の人たち曰く「何ヶ月も前から当局に危険だと言っていたのに、何もしてくれなかった」のだとか。担当当局といえば通信省の道路局になるのですが、この道路局、現在の政権になって以降、道路の保守には手をつけておらず、どうにもならなくなってから仕事を始める典型的なダメ役所になっています。そりゃ、うっかり何かしようものなら「汚職」と言われかねないご時世ではありますが、だからといって放置プレイは職務怠慢でこれもまた訴えられかねないのでは?

さすがに批判が高まってきたこともあり、政府は「道路網についての非常事態宣言」を決定、入札なしで道路保守をしようとしたものだから批判殺到。非常事態宣言は国会での承認が必要ですが、国会は不承認として非常事態宣言ならず。

ここでジミー大統領も詰んだかと思ったのですが、袖の下から取り出したのは「国軍工兵隊が道路の保守を行う」という一風変わった切り札でした。道路局が担当すると、保守契約を入札で行わなければならず、一方この入札が汚職防止のためにメチャクチャ使いこなしにくくなっており、最近は入札不調が続いているのですね。6区と18区の間にあるベリーズ橋も、建設以降保守が行われておらず、崩壊の可能性があるため緊急に保守が必要なため、今年に入ってから入札の公告が行われていますが、未だに落札者がいないという状態。政府の入札のテクニカルタームに疑問があるという専門家の声もあれば、現在の入札制度ではいつまでたっても落札者が出ないのではないかという超悲観的な声までいろいろあります。一つだけ確実なのは、この橋のメンテナンスはもう待ったなし、ってことなんですけれどもね。

そういえばイサバル県のリオ・ドゥルセにかかる橋は、今年に入ってから重量制限が課されており、一度に走れるトレイラーの数は1台のみ。この橋もやっぱりメンテナンス不足なのでありました。

話は元に戻って、総司令官である大統領の号令下、昨日より陸軍兵士(一説では工兵隊)による一部道路の保守が始まっています。これなら道路局いらないんじゃ。という気もしますが、兵隊さんたちがやっているのは「道路に開いた穴を塞ぐ」という穴埋め作業がメインのようです。この類の穴埋めは耐久性に欠けるので、雨が降りだせばきっとまた穴が開くわけですが。

本来業務じゃないものに借り出された兵隊さんたちにとっても、多分きっといい迷惑。もちろん文句言わずに道路の保守作業をやるわけですが…、穴だらけとなっている国内各地の道路を前に、一部兵隊さんたちだけではとても数が足りないでしょう。大体、保守に使うアスファルトとか、どこから調達するつもり?

あまりの批判を前に、とりあえず小手先の対策をとりましたという感じがありありなのですが、せめてその間に長期の保守計画をしっかり立てて頂きたい。

土木工事が多く、汚職の温床となりがちな通信省が入札・契約に慎重になるのはわからないではないのですが、汚職を怖がるあまりに何をしないというのも困った話。「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」なんてのをちょっと思い起こさせる昨今ではあります。

獲らぬ狸を計算中

以前、今年の目標は少しは走れるようになることとか2月に5kmレースに出た話なんかを書いていますが、地味にちゃんと続いていまして、現在のところ週に3回くらいのジョギングと月1回の5kmレースというペースでやっています。三日坊主で終わるかと思ったにに、えらいぞ、私。

平日は朝の出勤前に30分ほど、アパートのジムが空いていればトレッドミルで、誰かが使ってなければ家の近くをぐるぐる周回。週末は時間があれば5kmを目標にゆっくりラン&ウォーク。始めた頃には200mも走れなかった私ですが、2kmならて走れるようになりました。歩くのと変わらない速さだけれど(笑)現在は少しずつ走れる距離を伸ばしているところです。

週末は家の近くにあるモールまで行って、そこの敷地内を走ったりすることもあります。どこを走るかにもよるのですが、とりあえず1.8kmくらいを3周する感じ。アップダウンがあって私には結構辛いです。グアテマラシティよりも更に高地(1880〜1900mくらいかな)ですし、それでなくても息が切れる。

このモールにはスポーツジムもあり、ジムに来ている人がそこらを走ったりすることもあるため、ランニング・ジョギング・ウォーキング・犬の散歩をしている人など結構多いです。坂道をゼイゼイ言いながら上っていると涼しい顔して駆け下りてくる人がいたりして、私もあんな風に走れたらいいなーと思います。いえ、ゼイゼイ言ってる時にはそんな余裕はないですが。

走っていると「おはよう」と声をかけてくれたり、私と同様ゼイゼイ言いながらも手を振ってくれたり、そういうのも気持ちがいい。このモール、日中は車が多いので、走るなら朝早い時間がオススメです。

本当にゼロからのスタートだったので、ゆっくりでも、とにかく続けて走れるようになってきたのが嬉しい。曲がりなりにも続いているのは、体を動かして汗をかくってことが、こんなに気持ちいいんだ、って感じるようになったからかな。もっとも朝の眠い時間なので、始めるまでは一苦労。走り始めたら、あとは走るだけ、なんですが。

今年中には5km完走、タイムはできれば30分くらいまで短縮したいです。それができたら、来年は10km。最近グアテマラでも増えているトレイルランも興味ありますが、それより先にパカヤ登山かな。

まだまだ初心者のくせに、いろいろと獲らぬ狸の皮算用中。さて、実力が追いついていくかな…。