Monthly Archives: May 2017

Qué Padreなメキシコ III: 到着

Mexico City

メキシコのベニート・フアレス国際空港に到着。イミグレーションはすんなり通ったのですが、そこから先、バゲージクレームの遠いこと。いえ、近くに一つあり、同じくらいの時間にアメリカン航空で到着した人はそちらに行っていたのですが、グアテマラから到着した私には、バゲージクレームのところにいた係員が「左」と指示。左へ曲がって、確か20番だったと思うのですが、確かにこっちへ行けとの案内はありました。しかし遠い遠い。。。大きくぐるーっと一周したのかも。それでやーっと到着した、と思ったらまだ荷物が出ていませんでした。遅っ。

たどり着いて間もなくベルトが動き、やっと荷物!と思ったら30秒ほどでストップする始末。それでも私の荷物はちゃんと出ていて、無事に引き取ることができました。

メキシコの税関は信号を押して緑がついたらOK、赤がついたら荷物検査になります。緑の信号でやったー!と思ったら、税関の付近にいた別の係官が、「食物検疫のチェックをするから向こうへ行って」。

あら、こんなの初めてだわ。と思いながらそちらへ行ったのですが、食料は何も持っていなかった、あ、お茶とチョコレート持ってたけれど、それだけだったのであっさり放免。そう言えば同じ飛行機にポーヨ・カンペロ(フライドチキン)の大きな袋抱えていた人がいたけれど、あんなのもチェックするのかしら。。。

とりあえずこうして無事入国できたのでありました。

写真は着陸直前の風景。左側が闘牛場、右側はサッカー・クラブ、クルス・アスルの本拠地アスル・スタジアム。メキシコシティの上空を通過する、南西側からのアプローチでした。

Qué Padreなメキシコ II: きっかけ

きっかけという言い方が正しいかはわかりませんが、小僧も大きくなり、いろいろ頼り甲斐がでてきた昨今、このままいるとずるずると頼り切っちゃいそうな気がしたのですよね。我が家みたいな母子家庭は、大抵のことは一緒にするし、べったりとくっついちゃってると思うのです。

でも後数年もすれば小僧も独立するはずで、そうなった時に私の方も子離れができていないといかんだろ、と考えたのがそもそもの始まりです。慣れない土地での一人旅は、自分であれもこれもやらないといけないし、独り立ち?するにはもってこいじゃないかなと。

そんなことを考えて旅立ったわけだったのでした。もちろん、旅そのものが好きというのもあるわけですが。メキシコシティを選んだのは、行きやすい(チケットが比較的安い)こと、国立人類学博物館へ行ってみたかったこと、日本食を買ってきたかったことが理由です。

小僧がまだ小さかった10年くらい前に一度行っていますが、確か2泊だったかな。両親と小僧の4人で、パセオ・デ・ラ・レフォルマ通りにあった日航ホテル(現在のハイアット・リージェンシー)に泊まったのでありました。1日はティオティワカン遺跡やグアダルーペ寺院のツアー、もう1日はパセオ・デ・ラ・レフォルマをブラブラしてチャプルテペク公園へ。あそこの池では小僧と一緒にボートに乗って、パタパタと足こぎしなければいけなかったのでした。

それくらいしか行っていない上に遥か昔でほとんど覚えていないメキシコシティ。独り立ち用の旅にはちょうど手頃な感じだし、おまけに安売りチケットが出ていたとなれば、これはもう行かざるを得ません。

というわけでゲットしたのがInterjet(インテルジェット)のチケット。

Interjet

グアテマラシティとメキシコシティは1日2往復を飛ばしています。前のシートとの間が広くて、圧迫感がないのが嬉しい。飛行時間は実質1時間半くらいなのですが、ドリンクサービスと共にスナックが出てきます。行きの便はクッキー、帰りの便はポテチ。行きの便にはあったコーヒーが、帰りの便にはなかったりしたのですが、ペプシ類はボトルでサービスというのがユニーク。このボトル、400mlという微妙なサイズで、グアテマラにはこのサイズはなかったはず(多分小瓶は350mlだったような気が)。機内エンタメはありませんが、十分に快適でした。

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離陸直後。左側に見えている橋は1区と7区を結ぶインシエンソ橋、そのちょっと上の短い方がナランホ橋。インシエンソの名前の由来は、朝谷間から立ち込める霧が煙のように見える(インシエンソは「香(こう)」の意味)から、と聞いたことがありますが、確かにそんな風にも見えました。

やや曇り気味ではありますが、小僧がいなくて窓側の席に座れたので、ずーっとグアテマラシティを眺めてしまいました。窓側の席、楽しいぞ!

とりあえずは出だし順調です。

Qué Padreなメキシコ I: 「父=クール?」

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メキシコから帰って来ました。それにしても暑かった。グアテマラより北で標高も高いのに、グアテマラより暑くて乾燥していました、メキシコシティ。

メキシコシティは今サマータイムでグアテマラとは時差1時間なのですが、日の出が7時ちょっと前、日の入りが20時ちょっと過ぎと、グアテマラではあり得ない夜の長さにちょっと感覚が狂ってしまいましたが、お陰で19時頃でも安心して外歩きができたのはラッキーでした。メキシコシティでももう雨が降ることがあるそうですが、私の滞在中は降雨なし。もっとも、雷が聞こえていたことがあったので、場所によっては降っていたのかもしれません。

それにしても楽しかったです。一人で気ままに好きなところへ行けるのは楽しくもあり、辛い時もあるのですが、そこはメキシコ、何があっても “¡Qué padre!” 。

この表現を聞くといかにもメキシコ!って感じます。グアテマラ人なら “Qué chilero!” とか言うところでしょうが、「いいね」「すごいじゃん」「クール!」とか言いたい時に、メキシコ人はなぜか「お父さん!」と叫びます。ひょっとしたらメキシコ人にとって父親というのは格好いい存在ということなのかしら?Qué padre, Padre, Padrisimo といくつかバージョンがあるのも楽しいです。その内、使いこなしてみたい。グアテマラでは使えないけれど。

上の写真は行きの飛行機の窓から見えたポポカテペトル(5500m)とイスタクシワトル(5286m)。イスタの山頂付近の白いものは雪ですが、この雪も年々減っていると言います。たまたま飛行経路がそうなのかもしれませんが、メキシコは乾燥地帯が広がっているように見えます。そんなところばかりではないのですが、この風景を見たのでメキシコシティが乾燥しているのもあんまり違和感がなかったというか。

そんな楽しかったメキシコの話などをこれからしばらく書いてみたいと思います。
 

ブログはしばらくお休みです

Guadalajara

金曜日からメキシコへ一人旅に出る予定にしています。小僧が生まれて以降、一人で国外へ出るなんてやったことがなかったので(グアテマラの中なら一人で数日行ったりしたこともあったのですが)、ワクワクドキドキ。二人旅だといろいろと頼りにできるのでラクチンなのですが(特に地図を見て理解するのは私より早いのでかなり助かる)、一人旅だと自分の好きなところへ好きなだけ行けるのでこちらもまた楽しい。

さてどんな旅になることやら。

金曜日は早朝の出発なので、明日からしばらくブログはお休みとなります。月曜日には帰って来るというショートトリップなので、来週にはまた再開できると思いますが。

上の写真はメキシコのグアダラハラ。グアダラハラは小僧との2人旅で、あまり下調べせずにあちこち回ったのですが、楽しかったなー。グアダラハラもまた行きたいところの一つです。いつ行けるかなぁ。

 

境界争いと麻薬組織

今月に入って間もない頃、サン・マルコス県のタフムルコ市とイシュチグアン市の境界付近で紛争が発生したというニュースが流れました。

最初に聞いた時は「またか」と言うのが正直な感想でした。メキシコとの国境に近い両市の境界付近では、以前から度々土地を巡って紛争が起きています。なんでもこの紛争は1933年にイシュチグアンが市に昇格して以来ずっと続いているもので、土地や水源を争ってのものでした。

タフムルコは国内最高峰のタフムルコ火山(4220m)の麓、標高2000mちょっとのところに位置しています。イシュチアグンへは谷を越えてその後はずっと上りとなるようで、イシュチアグンの市街地は3000mちょっと。地図では争いの元となっているのが正確にどの辺なのかを見極めるのは難しいのですが、この付近は美しい風景の続くのどかな地域、に見えます。サン・マルコス市からはタフムルコ、イシュチグアンを通ってタカナ、そしてメキシコ国境へと行くことが可能です。伝統的にマム族の多い地域でもあります。

この境界は紛争の種となっており、数年前から「法的な境界線が確定するまではどちらも手をつけない」中立地となっていました。

それが今年3月、他所からやって来た89家族がこの付近へやって来たことから事態は悪化します。この人たちが中立地に建物を建設し始めたために地元住民とトラブルとなり、警官隊2500人が派遣されたものの、沈静化するまでに一週間を要しています。またこの時、イシュチグアン市トゥイチャン村の男性が撃たれて亡くなっています。

3月8日以降、トゥイチャンには警官30人が駐留するようになっていたのですが、5月5日、この警官ら15人が地元住民に拉致され、翌日解放されるという事件が発生しています。何でもこのグループは自動小銃などの重火器で武装しており、どうも様子がおかしい。また、この地域はもともとヘロインの原料であるケシの自生地であり、メキシコ国境とも近いことから、メキシコの麻薬組織がこの地域に入り込み、縄張り争いをしているのではないかという説が流れるようになりました。

事態を重く見た政府は非常事態宣言を発令。今回出されたEstado de Sitioは、非常事態宣言の中でもテロを想定したもので、テロが起こった時、または起こると予想される時に国軍が主体となって活動すると定められています。また容疑者の逮捕に当たっては裁判所命令が不要との特例措置も含まれています。今回はタフムルコ市、イシュチグアン市を対象とした30日間限定のものとなっています。

こうして派遣された国軍兵士は千人単位になるようです。加えて警察官200人。5月初めの警官拉致以降、付近では頻繁に銃声が聞こえていたと言いますが、軍隊が駐留するようになってそれも治まったようです。閉鎖されていた学校もようやく再開。まだまだ緊張は残るながらも、少しずつ日常が戻ってきているようです。

現場に入った当局やマスコミによれば、この紛争地帯の付近は一面のケシ畑となっており、また塹壕が掘られ、要塞のような、銃眼を持つ建物が散見されるそうです。麻薬組織に関連していると見られる人物や組織が摘発されたわけではありませんが、メキシコ政府にも国境付近の警備の強化を依頼し、捜査・取り締まりを行っていくようです。

そして刈り取られたケシは1800万株に上るとか。テレビのニュースではバックパックを担いだ警察官がマチェテを片手にザックザックと刈り取っているのが映っていましたが、その後誰か、何本あったか数えたんでしょうかねぇ。。。

もっとも、刈り取っておしまい、ではほとぼりが冷めた頃に再び栽培が始まるのでしょう。何と言ってもそこは自生地。それほど苦労しなくてもまた生えてくるんじゃないでしょうか。おまけに年に3回取れるといいますから、農民にとってはいい収入です。

加えて一番大きな問題は、地元の人たちの生活がケシによって成り立っているということ。手をかけなくても育ってくれていい値段で売れるケシ。他の植物ではこんな風にはいきません。ですので、今回の非常事態宣言で安心して家や路上に入られるようになったと喜ぶ人がいる一方、収入源を絶たれてしまい困っている人もいるという。今回、これほど大きな騒動にならなければ、摘発されることもなかったのに…と思っている人は案外多いのかもしれません。

それにしても、もともと両者が紛争など起こさず、話し合いで境界線問題を解決していれば、麻薬組織に付け込まれることもなく、こんな極端なことにもならなかったのかも…とも思わないでもありませんが、地勢からすればメキシコから来る麻薬組織にはうってつけの場所でもあるわけで、なんとも複雑な気になります。今回一旦引き上げたとしてもまたやって来そうだし、ひょっとしたら別のところに引っ越ししたりするかもしれないですし。

まだ麻薬組織の関与の証拠が上がっていないようですが、これは今後の捜査に期待。これ以上状況が悪化するようなことだけはないと良いのですが。

民族衣裳コレクション

雨季になって毎日のように雨が降り出すと、やっぱり空気の重さが変わる気がします。乾燥していた空気が重く、肌にぺったりする感じ。朝晩の冷え込みは緩むのは嬉しいのですが、乾いた暑さが湿気を含むようになるので、直射日光に当たっていなくてもじっとりと暑い感じがすることがあります。

あっという間に濃くなる緑は見ていて気持ちがいいし、庭の水撒きも不用となるのでラクチン。一方大嫌いなナメクジが出始めるし、アリが引っ越し先を探して家の中をウロウロするのにもウンザリです。アリはかなり大量に殺しているので、アリ界からは虐殺の犯人としてマークされているんじゃないかとか、その内復讐されるんじゃないだろうかとか、いろいろ想像しています。家の中にさえ入ってこなければ、生かしておいてあげるんだけれど。

さて。

高松市で「グアテマラ!民族衣装コレクション 伝統の技と色彩」展が開催されているそうです。産経ニュースによれば、西岡正堯さんが昭和40年から10年かけて集めた民族衣装70点が展示されているそうです。個人で70点!保管も大変だったでしょうねぇ。

その当時はまだウィピルも村ごとに異なっていたのではないかな。ポスター?チラシ?のカラー写真はトドス・サントス・クチュマタンのウィピルのようですが、今よりもデザインがシンプルなような?白黒のところにある、男性用ボルサ、これ素敵ですよねぇ。せめてカラーだったら良かったのにな。ああいいですねぇ、こういう展示会見てみたいです。

高松市石の民俗博物館にて、6月11日まで開催されています。お近くの方は是非ご覧下さいませ。

 

不法滞在?

不法は不法でも、移民とか外国人の話ではなく、グアテマラに住むグアテマラ人の話です。

昨年、グアテマラ国民の身分証明書であるDPI(デーペーイー)の発行が滞っているというエントリーを書きました。

……とここまで書いたら、カンの良い方ならわかると思いますが、そうです、未だに身分証明書を入手できない人がたくさんいるのです。発行を担当するRenap(レナップ)は、数ヶ月前にカードの印刷を担当していた委託先から印刷機を入手しており、本来ならどんどんどんどん印刷が進んで、受け取っている人が増えていないといけないのですが、どうやらまだまだ受け取れないでいる人がそのまま取り残されているような雰囲気です。

3月3日には「30日以内に印刷を開始する」という話でしたし、実際に印刷は始まってはいるようです。現在使用されている印刷機を使えば1時間に750枚のDPIを作成可なので、1日22時間フル稼動させれば16,500枚が印刷できます。3月の時点でまだ作成されていなかったDPI56万枚は27日で準備OKとなるはずだったのですが…。

4月末の時点でこの枚数は減っておらず、5月になってもまだまだDPIを受け取れていない人の方が多いのだとか。本人がRenapへ行って、事情を話して急いでもらえばその日の内に受け取れたりするとか、一体何がどうなっているのかさっぱりわからないカオスが続いています。

これに関連するニュースを見ていて面白いのは、グアテマラでは「国民には身分証明書を持つ権利がある」のだそうで、今回のDPIにしろ、冊子が無くなって発給や切替にトラブルが発生しているパスポートにしろ、国はその義務を果たしていない、というコメントが出ていること。

アメリカ大陸は、そのかなりの国で成人の身分証明書の携行義務があるんじゃないかと思うのですが、グアテマラではこのDPIがないと大学の入学手続き、運転免許の取得・更新、パスポートの取得・更新から就職、銀行口座開設その他の各手手続きが頓挫してしまうことになります。

正直に言えば、日本のように公的な身分証明書がないところは気楽である一方、必要な時に自分が自分であることを証明するのが難しかったりするので、どちらがいいとも言えないと思うのですが、少なくとも日本で「政府には各国民が本人であることを証明できるように身分証明書を発行すべき」なんて話は出てきたりしないですよね。むしろ「身分証明書」なんて言い出そうものなら、非難轟々になりそうな。

「身分証明書の携行義務」のあるグアテマラで、公的機関が身分証明書を発行できないが故に国民がその義務を果たすことができず、言って見れば「不法」な状態になってしまっているという、何とも不可解な状況になっているのが今のグアテマラ。

いつになったら本格的にDPIの印刷は始まるんでしょうねぇ、というか始まるんでしょうか。

謎と混迷は深まる一方…。