Monthly Archives: March 2017

カミナルフユ:グアテマラ高地初の住宅開発

現在グアテマラシティがあるエルミタ盆地に人が住み始めたのは、おそらく3000年くらい前のことだったと言われています。水が豊かで肥沃な土地でしたので、間もなく多くの人が居住するようになったのは当然のことでした。同時に太平洋岸と北部の町を結ぶ交通の要衝でもあったため、このカミナルフユは繁栄を極めます。

こうして現在の7区、11区を中心に多くの住居が建設されたのですが、これがグアテマラ高地初の住宅開発だったとか何だとか。現在商業地区となっているその付近は、やっぱり商業地区であり、現在の14区並みの高級住宅街だったのでは…と想像されるわけですが、実のところはどうだったのでしょう。どちらにしても、歴史はやっぱり繰り返すのでありますね。

…なんてゴタクを並べたくなったのは、先日遂にカミナルフユ遺跡公園を訪れたからなのでした。近くにあるからいつでも行ける、と思うような場所に限ってなかなか行かなかったりするじゃないですか。私の場合、カミナルフユもそんな場所の一つでした。その内いつか行きたい…と思ってはいたものの、なかなかきっかけがないというか足が向かないというか。市街地にあって便利なようですが、でも車で行くと駐車場があるわけではなく路駐だし(縦列駐車が苦手だという話は置いておいて)、どうも落ち着かないのですよね。その辺のモールに車を止めて徒歩、というのが良さそうですが、そのカミナルフユのある場所は、危険とは言わないものの安心とも言えない地区で(それを言い出したらグアテマラシティどこでもそうだよね、って話になっちゃいますが)、カメラを抱えた外国人が往復徒歩区となると、一瞬ちょっと躊躇っちゃいます。ま、私が行った日曜日は遺跡公園前に路駐している車も多く、全然トラブルなさそうでしたが。あ、それに入場料が外国人はQ50で、グアテマラ人のQ5の10倍もするというのが気に入らなかったのもある(笑)

さて、そんな怖がりの私が遂にカミナルフユへ行ったのは、小僧がそっち方面に行く用事があったから。ついでに乗せて行ってもらって、帰りは徒歩で通りまで歩くことにしたのでした。これなら片道だけだし、目をつけられることもないかなと。

Parque Arqueológico Kaminaljuyu

そんなわけでカミナルフユの話がこれからしばらく続く予定です。

カミナルフユ遺跡公園 (Parque Arqueológico Kaminaljuyú)
住所:11 Calle 25-50 Zona 7 Kaminal Juyú II
開園時間:8:00~16:00(アクロポリスは15時まで)、定休日なし
入場料:グアテマラ人 Q5、外国人 Q50

<行き方>
グアテマラシティを歩き慣れない方は少なくとも行きはタクシーを使うのをお勧めします。わかりにくい場所ではないのですが、どこかで間違えて妙な場所に入り込むと危なかったりするので。帰りは西側に見えている高いビルを目指して歩けば迷うことはありません。

<その他>

    • 遺跡公園は国の文化財として指定・保護されています。

2012年、日本の援助によりビジターセンターとトイレが建設されています。ビジターセンター内に展示されている物はいずれもレプリカですが、発掘当時の写真等、興味深いものもあります。

多分、小僧の記憶に残るであろう歌

今朝の通勤途上、ラジオを聞いていたら「高校卒業時の流行歌」というのが話題になっていまして、いやそりゃラテンの昔の歌なんか知らんわ、と思ったら英語の歌だったり。いえ、やっぱり知らない歌だったんですが(笑)

私の時はどうだったかというとちーっとも思い出せないのですが、ここだと卒業パーティーとか派手にあるから、歌と思い出が一緒になるのかもしれません。

昨年卒業した小僧の場合はやっぱり「La bicicleta(自転車)」でしょう。昨年の大ヒット曲で卒業パーティーでもガンガンかかっており、舞台上の卒業生達が満面の笑みを浮かべて歌っていたのが忘れられません。

歌&踊りはカルロス・ビベスとシャキーラのコロンビア人ツートップです。元々はカルロス・ビベスが「絶望のバィエナート(Vallenato Desesperado)」とタイトルをつけてたそうですが、書きあがった曲をシャキーラに送ったところ、即座にシャキーラのお気に入りリストに入ったのみならず、シャキーラの方からビベスに「一緒に歌わせて」と逆オファー。ビベスの承諾を得てシャキーラが曲を書き直し、現在の形になったのだそうです。パートナーであるピケの名前が出てくるところとか、明らかにシャキーラが書いたんだってわかる部分も多々。

歌詞はどっちかというと明るくないんだけれど、底抜けに明るくて陽気で青春!という感じ。日本人的にはいかにも能天気なラテン風とでも言ったらいいのか(失礼)。この歌聴いてたら、何があってもこんな風に乗り切れるんだわ、って根拠のない自信が湧いてくるのが不思議(笑)

何年か後、小僧がこの歌をふと聞いた時、多分きっと高校時代のこととかを思い出したりするんじゃないかなーと思った今朝でした。

さまよえる国会

グアテマラでは最近現役の国会議員が相次いで不逮捕特権の剥奪を経て逮捕されています。内戦中に565人が行方不明となったCreompaz(クレオンパス)事件への関与が疑われているエドガル・オバイエはちょっと別ですが、それ以外はほぼ皆さん汚職容疑。幽霊職員を採用し、その分のお給料を得ていたというのが大半で、国会議員が率先して詐欺をやってたら国民みんな真似するじゃないか。

そんな国会議員ばかりではないので菅、ここのところ「国会議員」というものの評判は地に落ちている状態。先日の未成年者の保護施設で火災が発生し多くの少女が亡くなった事件では、政府への追求を恐れたのか、国会で人権擁護官を召喚しての証人喚問がネチネチと行われておりましたが、とばっちりもいいところ。与党は自分たちの勢力を維持することだけにしか関心がないようですが、こんなことでは有権者からそっぽ向かれるというか、もう向かれているというか。

そんな誰も信用していない国会なのですが、どうやらそうは思っていないのが国会議員であるらしい。自分たちにはまだ世間の目をごまかせるだけの力と知恵があると思っているようで、先週から保健大臣ルクレシア・エルナンデス・マックをターゲットに「就任して8ヶ月が経過したのに、どうして国民の健康状態は改善しないのか」とか何とか言いたい放題。

あのねー、8ヶ月くらいで状況改善できるかいな。というか、あなたたちもう14ヶ月も議員やってるくせに、国会がちっともまともに機能しないのみならず、次々と逮捕者が出ているのはどういうこと。まず隗より始めよ、って言う言葉を知らないのか(いや、聞いたことないとは思うけれど)。

ま、そんなこんなで、とりあえず国会の保健委員会は保健相の問責決議を今週行うことを決定したのでありました。

エルナンデス・マック保健相は、同省職員(医者とか看護師とかいった医療従事者を含む)の組合が過去に得てきた過剰な特権(昇給とか手当とか有給休暇とか。ただし憲法で既得権益が保証されているため、一方的に無効にすることもできないのが頭痛のタネ)を廃止すべく努力をしている数少ない長官の一人です。当然組合は保健相の更迭を要求しており、今回も国会議員と歩みを共にしており、これも世論からは冷たい目で見られています。

ところが、勢いよく問責決議を決め、不信任決議を行うと手を振り上げたはいいものの、世論が予想より冷たい反応しかしないことにここにきてやっと気がついたらしく、ここへ来てかなりのトーンダウン、振り上げた手の下ろしどころを図っているように見えます。

そしてご丁寧に「保健相に行う25の質問」が公表され、いやでもこれって問責決議で行うことなのか?普通に国会質疑の中でやり取りすればいいじゃん、としか思えないような内容ばかり。しかもその25の質問の1つは「フルネーム、年齢、経歴」だというのだから茶番です。

国民に背を向けた国会が国民から支持されるわけはなく、日々信用を失って、一体どこへ行き着くのだろうと心配になるわけですが。巷では選挙法を改正して現在の比例代表のみの議員選出方法から、記名投票にすべきだという声も上がっています。都市部ではそれもいいだろうけれど、地方では難しいのではないかしら。

2019年の次回選挙は相当大揉めになるような気がするのですが、果たしてそこまで今の政権と国会が持つんだろうか。ガラガラガラと音を立てて崩れている状態の今、せめて最後にしっかりした骨組みくらいは残って欲しいと思うのですが。

 

ブロッコリーニ

Broccolini

私が普段行くスーパーには置いてないのですが、野菜をメインとしたとある食料品店に行くと必ず買うのがこのブロッコリーニ(broccolini)。日本だと茎ブロッコリーとかスティックセニョールという名前でも呼ばれているようですが。

最初見た時は「こんなところに菜の花が!!!」と狂喜して買ったのでした。そう、実は刃物じゃなくて葉物大好き人間なのであります。もっとも、食べ過ぎるとまた結石ができそうな気がするので、山盛りにして食べるわけにはいかないのが残念です。

さて、そんなに大好きなブロッコリーニが、実は日本生まれだとは全然知らなかった、というのが今日の本題。なんでもサカタのタネがブロッコリーとカイランを交配させて出来上がったのがこのブロッコリーニ。写真は花が咲いているのでブロッコリーというより菜の花なのですが、蕾状態だと長いブロッコリーっぽく見えるようです。私が知ってる限では、つぼみの状態で売ってるの見たことないんですよねぇ。

茹でておひたしにするのが好きなのですが、茎の部分とか甘みがあって、やっぱりブロッコリーというより菜の花っぽい気がします。花が開いているせいかな、やっぱり。

当然我が家のモカも大好きで、ブロッコリーニを買うと必ず山分けすることになっています。彼女は茎の太いところよりも先端の花とか細い茎が大好きなのですが。

ブロッコリーニを作ってくれたサカタのタネはグアテマラにも進出しています。グアテマラは農業国だし、野菜の生産が盛んだから、サカタのタネがあっても不思議ではないのですが、こんなところにも日本企業がある〜と嬉しくなるのもまた事実。私が普段口にする野菜なんかも、ひょっとしたらサカタさんの商品かも。残念ながら、どこのタネとかわかるわけないのですが、どこかできっと食べているんじゃないかな。

日本の野菜と比べると、ワイルドというか、固くて甘味が足りないというか、そんな感じではありますが、サカタさんも日本と同じ種ではなく、こちらの土や気候に合わせた種を用意しているんでしょうか。だとすれば、ここの土で育った野菜こそがグアテマラの味ということになるのかもしれないですよねぇ。

聖像の仕立て屋さん

セマナサンタ前の四旬節もたけなわ、あちらやこちらでプロセシォン(聖像を載せた御輿行列)が行われています。行った先で思いがけずプロセシォンに出会い、大渋滞にはまることもあるので、この時期は遠出はしない方が無難かも。アンティグア行く人はかなりの覚悟が必要かも。

そのプロセシォン、特にイースター期間に出てくるのはキリスト像。このキリスト像、いつも素敵な衣装を着ているのですが、こういう聖像用の衣装を作る人の話が少し前に新聞に取り上げられていました

Jesús Nazareno del Perdón, templo de San Francisco, Antigua Guatemala, Semana Santa 2008.
Jesús Nazareno del Perdón, templo de San Francisco, Antigua Guatemala, Semana Santa 2008 by Roberto Urrea on Flickr

写真の衣装を手がけたかどうかは不明ですが、記事で取り上げられているのはエスクイントラ県サンタ・ルシア・コツマルグアパの仕立て屋さんラミロ・ガルベス・マルティネスさんと16人のお弟子さんたち。聖像用の衣装(チュニック)には、ふんだんに金糸が使われているのですが、これはメキシコあるいはフランスからの輸入なのだとか。金以外の糸も使うのですが、一番多く使われるのはやっぱり金糸です。

聖像が羽織る2m✖️50cmのマントの場合、毎日8人がかりで作業をしても、2ヶ月かかるという労作なのだそうです。1年に作れる衣装の数は、16人のお弟子さんがいてもせいぜい両手くらいなのかしら…。チュニックやマントの他にも旗もあるので、数にすればもう少し増やせるのかな。何にしても、今季のいる作業です。

既に教えた生徒の数は100人以上だとか。結構男性が多いと言う話ですが、マント1枚の刺繍でどれくらいの売り上げになるんでしょう。独り立ちすれば、十分な収入があるのかなぁ。そしてグアテマラ国内には一体どれくらいこういう工房があるんでしょうね。

刺繍のデザインにもきっとシンボルや意味があるのでしょうが、聖像に着せた時に美しく見えるってことが一番大切なんでしょうね。今度プロセシォンを見ることがあれば、衣装にも注目してみようかな。

ご近所探訪

私たちが今住んでいるエルサル街道は、サンタ・カタリナ・ピヌラ、サン・ホセ・ピヌラ、そしてフライハーネスの3つの市に住み、グアテマラシティに通勤・通学する人たちでとにかく混み合う道路なのですが、数年前まではもっとのんびりした地域であったようです。

新興コロニーがどんどん建設され、2年前でしたか大学もでき、そしてまだまだどんどん建設は進んでいきそうな気配ですが、その一方でエルサル街道は言うに及ばず、住宅地から街道に至るまでの道も昔ながらの道路が使われていて、こちらもかなりの渋滞なのですが、これがまたとんでもない急斜面だったり。

先日ちょっと時間があったので、そんな急斜面をテクテクと徒歩で歩いてみました。コンダード・コンセプシォンの隣にあるウォルマートのところにある道でして、サン・ホセ・ピヌラへの裏道ともなっており、片側1車線の急坂ですが、通勤時間帯はかなり混み合う道路です。

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そんなに幅がない上、カーブの多い道ですが、バス(エクストラウルバーノ、通称チキンバス)が通ります。私が通っている道は立体交差を下に潜りますが、上を通っているのはコンダード・コンセプシォンというモールから住宅地に行く私道です。この私道の方が幅が広いし、カーブが緩いんですが…

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立体交差を抜けて後ろを振り返ってみます。通信省が造る橋よりもずっとしっかりしてるかも。それにしてもこの道、立体交差に入るところで向こうから誰かが来てるとかが全く見えないので、運転するのはちょっと怖そう。自分の車線をキープしないと事故ります。

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両側が黄色と黒の縞模様に塗られてるところが一番低い地点で、橋。こんな風に「一番低いところが橋で、その橋の両側は急坂、そして急カーブ」って言うの、グアテマラでは本当に多いです。そしてこの橋の部分、大抵他より幅が狭くなっているんですよね。このカーブもやっぱり向こう側の見通しがきかない。日本ならミラーが必ず設置されてるんじゃないかと思いますが、ここはグアテマラ。相手を信頼するか、神様にお祈りするかのどっちか。

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橋から覗くとこんな風景。なぜかバナナの木があちらやこちらにありました。こんなに緑の豊かな場所だったとは、ちょいとびっくり。水は下水も流れ混んでいるようで、そんなに綺麗じゃないんですが。

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橋の向こうは上りになります。石畳が敷かれているのは急坂だからかな。下りは良いけれど、上りで渋滞あったりすると、アスファルトだと滑るのかも。特に雨の日なんかは。こっちの上り坂は上らず、ここで回れ右して帰りました。どっちにしても、坂を上らないといけないわけで、なかなか大変。歩いている横を車が飛ばしていくのも怖いです。

やっぱりこう言う脇道を運転するのは結構怖そう…と思いながら帰ってきました。どんな道でも慣れるというのは事実ですが、サンタ・カタリナ・ピヌラの道は、本当にこう言う走りにくそうな道が多い。もともとはそこに住んでいる人たちの生活道路で、車用にできているわけではないので仕方ないのですが、逆に、昔の人たちってどんだけ足腰強かったんだろう…と思わずにはいられません。

ゼイゼイ言いながら坂道登って帰宅。お天気の良い暑い日で、汗ダラダラになりながら帰りました。はー疲れた。

民族衣装の意匠権とは

以前にも触れたことがありますが、「マヤの伝統的なデザインの保護」について、今日の新聞で取り上げられていたので、紹介したいと思います。

村ごとに異なるデザインを持つマヤの衣装ですが、その伝統的なデザインを工業的な商品に加工・販売している企業があります。「自分たちのアイデンティティでもあるデザインを勝手に利用して利益を上げている」ことにはマヤの、特に織り手さんから不満が上がっていると聞きます。

この記事は、マヤ弁護士協会の会長ソニア・グティエレス・ラグアイに、この件についてインタビューするという形で構成されています。

グアテマラには「工芸品の保護・発展に関する法律 (Ley de Protección y Desarrollo Artesanal)」という法律が1997年から施行されているのですが、ソニアさんによれば、この法律には先住民の共同体で織られる織物は工芸品だと定義されているものの、保護されていない。そこで、これをインディヘナの先住民の知的財産として登録し、保護しようとするのがソニアさんたちの目的です。そしてこの著作権及び意匠権は誰か一個人に登録されるのではなく、共同体の財産として登録しようというものです。

ソニアさん達の提案は、デザインを登録することで保護しようというのではなく、織り手さんたちの知的財産権が侵害されることがないようにしたいというもののようです。実際にパナマにはそのような法律があり、先住民特有のデザインを勝手に使うことができないようになっているのだとか。

2015年、マヤのカレンダーラウンドが新しいバクトゥンに入った年、「マヤが世界の滅亡を予言している」とか何とかでグアテマラへの観光客も増えたのですが、この年、観光庁(INGUAT)は伝統的織物等でQ7.5億の売り上げを記録したのだとか。しかし、これにより織り手さんたちに収入があったというわけではない。

ウィピルをバッグや靴などに作り直したものがヨーロッパなどで人気があるが、販売している会社に利益があっても、先住民の共同体には一銭も入らない。そういう状況を改善するために「先住民共同体の許可なく意匠を使用することの禁止」と、「先住民に関連する名称の商標登録を禁止」のために著作権法と知的財産法の改正を行う、というのが現在の目標なのだそうです。

もっとも、反対が多いから実現は難しいのではないかとソニアさんは思っているようですが。

デザインのように、時代とともに移り変わるものについて、誰に権利があるのかとか、どうやって利益を配分するのかとか、もう少し明確にした方が良さそうな部分はありますが、そうすることで織り手さんたちの収入が増え、織物をやる人が増えるのなら、結果としては良いでしょう。そんなにうまく行くのかな…という気はするのですが。

もう一つ、マヤはもちろん独自の意匠を持っているわけですが、同時に外から入ってきたものを取り入れるのもうまいんですよね。刺繍ですとか、バラの織り柄とかが代表的なんじゃないかな。そういう「伝統的」と言い切れないもの、むしろマヤが他を真似ているものについてはどうするんだろうとも思います。

ただ、マヤの織物、そのデザインの美しさは何とか守って欲しいし、今後もどんどん発展していって欲しい工芸品なのですよね。どちらかというと、問題なのは、その手間と価値に見合った価格で売買されていないことの方じゃないのかな。もちろん、先住民にとっては「洋服」でもあり、高すぎると着れなくなっちゃうという別の問題もあるんですが。

というわけで、考えれば考えるほどこんがらがってきて、結論がないのがとりあえずの結論というところで落着です。不甲斐ないですが。