Monthly Archives: June 2016

サハラの埃

前にもあったよな・・・と遠い記憶を探ったら、一年前のことでした。

あれ、そうだっけ・・・。もっと昔のような気がしてたけれど、単に私の記憶力が遠くなっただけだったのか。

下はCONRED(災害対策連絡会)の昨日のツイート。中米付近から大西洋にかけて、魔法のランプのようなものが見えています。

「アテネ大学によると、6月29日から7月2日にかけて、グアテマラ国内でサハラ砂漠から飛来する埃が霞状に観測される可能性があるとのことである。このサハラ埃は空気が高温で乾燥した状態となるため霞を引き起こすと同時に、降雨を妨げる役割を果たす」。

一言で言うと、「雨の代わりに埃が降るよ」。一言じゃなかった。

数日前から風の強い日が続いていたのですが、何か関係あるんでしょうか。でも残念ながら?今日のところは飛来なし。CONREDの今日のツイートによれば、明日と明後日は見られるかもね、ということのようです。

今日のツイートはCONRED作のビデオがついています。

昨年も一応話題にはなりましたが、「雨季なのに霞かかってる」という程度で、実質的な被害はありませんでした。今年もこのサハラ砂(埃よりやはり砂と呼びたい)より、ケツァルテナンゴ方面で盛んに火を吐いているサンティアギート火山の灰の方が大きな影響を与えそうです。

それでもこうしてアフリカから海を越えてやってくる砂の話を聞くと、何だかわくわくしてしまいます。こうして風も台地も循環していくのかしら。アメリカ大陸に降る砂は、水の流れに乗ってやがては大西洋側にたどり着き、波とともにいつの日か再びアフリカの地に戻っていくことはあるのかしら。

大地が呼吸しているというか新陳代謝を繰り返しているというか、そんな感じがするような。人間の営みをものともしない大地の悠久にちょっと思いをはせてしまいました。

今年もグアテマラへようこそ。

細書きのペンを求めて

グアテマラと比べて日本の方が絶対いいなーと思うものに、ステーショナリーがあります。特に筆記用具。バリエーションも書き味もいろいろあって、必ず自分の好みに合うものがあるのがすごいです。

実は細書きのボールペン(ゲルタイプ含む)を探しているのですが、なかなかないんですよね。これは多分グアテマラだけじゃないと思うのですが、ここで「細書き」というと0.5ミリのペン。日本だと0.3ミリとか普通にあるじゃないですか。ここは0.5ミリや0.7ミリが多くて、それ以下のものがほとんどない。

でも良く考えればスペイン語って日本語と違って細部まで細かく書き込む必要ないからいらないのかな。むしろそれほど細すぎないペンの方が滑らかにかけて良いかも。文字が違うと使いやすい筆記用具も異なるのかもしれない。

ということにようやく最近気がつきました。

今愛用しているのはこのペン。

Pilot G-TEC-C4
Pilot G-TEC-C4 by Daniel Breslan on Flickr

パイロットのG-TEC。0.3ミリが品切れ中とかで0.4ミリを使ってます。これでもいいのですが、キャップ式の他にノック式があるといいんだけれどな。

ちなみにグアテマラではボールペンは国内生産してなくて、日本メーカーだとパイロットの他、ぺんてるとかゼブラを扱ってるお店あり。ステッドラーのトリプラス ファインライナーは0.3ミリだそうですが、書き味がもう少し太い気がします。書きやすいペンですが。それ以外だと画材屋さんに置いてあるロットリングくらいですかねぇ・・・。

日本に帰るたびに、文具屋さんの店先に色とりどりのペンがずらーっと並んでいるのを見るとつい手にとってしまいます。あそこまでなくてもいいけれど、もう少し細目のペンがあると嬉しいんだけれどなー。

というわけで、細書きのペンを求める探索は続くのでありました。

グアテマラと石川の共通点

金沢出身で今年盛岡に引越しされたHawkA(ほーくえーす)さんが、ご自身のブログに石川県から岩手県に移住してココが違う!って思ったこと3+1というエントリーを書いていらっしゃるのを興味深く読みました。

特に「岩手が寒い」「けど隣の家を見ると窓開けてたりするので、ぼくの皮膚が薄いだけなのかも」ってところは大笑い。実は私も、グアテマラの意外な寒さに同じことを感じずにはいられないからです。私が寒いと思っているような時でも、地元の人は半袖にカーディガン1枚、足元はサンダル履きの裸足とか。。。それよりももっと驚異なのはアメリカ人で、そんな時にもTシャツ+短パンというスタイルを貫いて平気なこととか。。。

そうか、それは私の皮膚が薄いせいだったのか。

グアテマラと石川の違いを上げるのはとても簡単というか、枚挙にきりがないので、趣向を変えてグアテマラと石川の共通点を探してみることにしました。

む、むずかしい。。。

30分くらい考えて思いついたのは冬に雷が多いというのと車社会の2つだけ。それ以外は全く異なる社会ということになるのかしら。

雷が多い
Rayo
Rayo by Diego Sevilla Ruiz on Flickr

グアテマラはお馴染み雨季(つまり冬)の雷雨、石川は冬の雪雷が派手にピカッ&ゴロゴロ。どちらも強烈な雷で、雨やら雪を伴うところも一緒。雨と雪の違いはありますが、重く立ち込める雲を鋭く切り裂くように走る稲妻が大好きなんですよねぇ~。

そういえば、グアテマラでは雷が鳴り出すと結構停電になることが多いのですが、冬の石川は雷鳴っても停電になることはあまりなかったような・・・。電圧の変化で家電が壊れることも多いしね、グアテマラ。誰かなんとかして。

車社会
通勤風景

写真は朝の通勤風景。グアテマラも石川も、車がなくても生活できますが、生活の基本は車。車を使わない人はバス移動がメインです。石川は持ち家率も高いし、車の保有率も高いのではないかな。雪の積もる冬は車があると有難いことこの上なし。グアテマラは、バスでもいいけど強盗出るかもしれないし、マイカーの方が安全だものね。いや、車強盗とかいるけれど。。。

金沢は運転マナーが悪いって良く言われるのですが、グアテマラほどじゃないですねー。左車線にいるくせに右折するのはやめろ!などと毎日突っ込みながらの通勤です。今日も無事に事故らずに家に帰って来れたら上等ってことで。

大統領のチチャロン談義

最近のニュースの中で一番笑ったのがコレ。

存在感の薄いジミー・モラレス大統領が、先週木曜日に各自治体の市長が一堂に会した「自治体公共政策と透明化」についての研修会?で冒頭挨拶を行った時のことでした。

「この数ヶ月で友人となった市長さんの顔を見られるのは嬉しいことです。さて、会について話す前に、チチャロンについてお話ししたい」。

ここで居合わせた市長さん達が「はぁ?」という表情になったのが目に浮かぶ(笑)。チチャロンは豚の皮を揚げた食べ物。料理にも使うし、そのままボリボリ齧ることもありますが、結構固いことも。グアテマラ版ジャンクフードです。あ、でもグアテマラだけじゃなくて、この辺ならどこでもありますよね。

「そう、チチャロンです。私は、サカパのが一番美味しいと皆に言っていました。ミスコで食べた時に、いや、私は間違っていた、サカパとミスコのが最高だと思うようになりました。その後、サンタ・カタリナ・ピヌラで食べた時、いや違う、サカパとミスコとサンタ・カタリナ・ピヌラのチチャロンが最高だと思いました。タシスコ、チキムリーヤ、グアサカパンでもとても美味しいチチャロンを頂きました。行く先々で、実に美味しいチチャロンを食べさせてもらいました」。

えーっと。

列席の市長さんはキツネにつままれたような顔をしてたと思うのです。何が言いたいんだ、これ。てか、大統領になってから、チチャロンの食べ歩きしてる、ってことじゃあないですよねぇ、ひょっとして。チチャロンを食べればその町がわかる、とでも言いたいのだろうか。単にあなたの街にも行きました、ってリップサービス?

大統領のスピーチなので、スピーチライターがいるはずなんだけれど、小学生の作文のようにしか見えないこれは一体何なんだろう。こんなんだったら、私の方がうまく書けるような気がしてきた・・・。

スピーチの様子は上のビデオで見られます。音声があまり良くないですけれど、大真面目に話しているのがよくわかる。

笑っちゃうけれど、同時にグアテマラの将来がとっても心配になるビデオでもあります。

IGSS-PISA事件 VIII 始まらない裁判

IGSS-PISA事件は本年2月に公判開始が決定し、4月の証拠提出を経て5月から公判が行われる予定になっていました。

しかし最終的に18人となった被告の弁護人が出した裁判官の忌避申立を裁判官が認めたため、別の法廷で公判が続けられることとなりました。どの裁判所が担当になっているのかは判明しなかったのですが、予審の書類や提出済の証拠の確認などがあるので、裁判が開始されるのは当然遅くなります。フアン・デ・ディオス・ロドリゲスみたいに別件の裁判を抱えている人もいるしね・・・

というわけで裁判が開始がいつとなるかは不明です。一旦始まると、毎日裁判が行われるので結審するまでは割と早いと思うのですが。

現在いろいろな汚職事件が摘発されていますが、オットー・ペレス・モリナ&ロクサナ・バルデッティ時代の政府というのは、検察が指摘した通り、上から下までしっかり組織化された犯罪者集団だったと言えるでしょう。それがこの政権に限ったことかと言われればそんなことはないでしょうが、この事件はこの政権関係者が上から下まで、軒並み汚職に関係し、国を食い物にしていたという好例だと思います。

ピサがここまで患者無視の治療をしなければ、今でも摘発されるようなことはなかったかもしれない。IGSS側もまさかここまで低レベルの会社であったとは思いもよらなかったのでしょうが。しかし亡くなった人に「遅かれ早かれ死ぬはずだった」なんて言う人にだけは、医療関係の仕事をして欲しくありません。

そう言えば、ピサはIGSSの血液透析に関しても賄賂を渡して入札しようとしたが、競合先の方が多額の賄賂を渡したので負けた、という話もあるようです。事実関係は未確認ですが、あらゆる入札にこういうお金が動いていた可能性はとても高いです。

今年3月までで腹膜炎感染のために亡くなった患者の数は49人。この49人の死については未だに責任が追及されないままとなっています。


裁判等で新しい進展があればまたあらためて書くかもしれませんが、とりあえずこれで一旦IGSS-PISA事件については終わりとなります。
参考にさせて頂いたのは次のサイトです。ありがとうございました。

IGSS-PISA事件 VII ロドリゲス

エル・ペリオディコ紙の社主ホセ・ルベン・サモラは、政治家、軍人、経営者らと対立し、自身や家族が襲われたりしながらも、新聞の独立性を保つために権力におもねることのない人物です。同紙が毎日曜日に掲載しているエル・ペラデーロ(El Peladero)という欄は、言ってみれば政界噂話と言ったところ。ペラデーロは「(誰かを)俎上に上げて丸裸にする場所」という意味で使っているのではないかと思うのですが、最近摘発されている汚職事件の内容がここに掲載されていたこともあり、この噂話の多くは事実だったりしています。そしてこの欄は国内の新聞記事の中でも一番熱心に読まれている、と言われる欄でもあります。

ネットメディアのプラサ・プーブリカが昨年9月にサモラに行ったインタビューは非常に興味深いものですが、その中でIGSSの元理事長フアン・デ・ディオス・ロドリゲスについて触れている部分を抜き出してみたいと思います。


2015年5月16日の日曜日。ロドリゲスが自分の家にやって来た。
ロドリゲス「爆弾を持っているんだ、話がしたい」
サモラ「何だって私に爆弾をくれようと言うんだ」
ロドリゲス「自分の命を守りたいからだ。これがあれば、何とか自分の身を守ることができるだろう」。
私はいとこのゴンサロ・マロキンに来てもらい、二人でロドリゲスと会って話をした。何で自分のところに来たのかとロドリゲスに尋ねた。

ロドリゲス「あんたは他の誰よりも信念と価値観と野心をもった人物だ。今はあんただけしか信用できない」。
彼は私にUSBメモリーを渡したいと言った。
ロドリゲス「そのメモリーにあるのは大統領と副大統領の首だ。その代わり、将来裁判になった時にCICIGに便宜を図ってもらいたいんだ」。

翌日、再びゴンサロと一緒にホテルでロドリゲスと会った。渡された書類には365日間に税関で関税を操作して大統領と副大統領に渡された金額の詳細が記されていた。57%が大統領と副大統領、43%がそれ以外のメンバーに渡されることになっていたと思う。その翌日、Cicigのイバン・ベラスケスにこの書類を渡した。そのデータはサルバドル・エストゥアルド・ゴンサレス(逮捕済)のPCにあったものだった。

イバンと話をしたが、イバンはロドリゲスは違法な方法で得た資産をすべて手放す必要があるといった。また、明日もまたロドリゲスと会って、別の情報を貰うことになっているという話もした。

翌朝6時、ロドリゲスからSMSを受け取った。彼は私に「何で自分に対する逮捕状が出ているのだ」と尋ねてきたが、私は何も知らなかった。その後、Cicigからロドリゲスが逃亡したとのメッセージを受け取った。Cicigはロドリゲスの居場所を突き止めるためにSMSを続けてくれと言ってきた。実際、そのお陰でロドリゲスの居場所を突き止めることができた。


 

その後ラ・リネアが摘発された時、検察が真っ先に押収したのがエコーことエストゥアルド・ゴンサレスのPCだったと記憶しています。そしてエコーのPCのデータを元に検察はラ・リネア事件の詳細を把握していった・・・と思ったら、実はその以前にロドリゲスがデータをCicigに手渡してたのですね。

元軍人でオットー・ペレスの側近であった元軍人であるフアン・デ・ディオス・ロドリゲスは、自分の保身のために大統領と副大統領を売った裏切り者であったというのにはびっくりです。IGSS-PISA事件でロドリゲスの周囲に検察の手が伸びていたのは事実ですが、共謀・収賄程度ではそんなに厳しい判決が下るとは思えないので、殺人罪を恐れていたのかしら・・・。

ロドリゲスは別の汚職事件にも関与していたとして再逮捕されており、ひょっとしてあの時エコーのPCのデータを渡さなければ、こういう状況には至らなかった可能性はあるんだろうか、と思わないでもないですが。とは言え、身から出た錆ですものねぇ。

IGSS-PISA事件 VI 当時の状況

前回のエントリーでノマダのジョディ・ガルシアの記事を元にした部分は終わりです(元記事については後でまとめてURLを記載します)。

ここで、一旦、当時のグアテマラの状況を簡単にまとめておこうと思います。

2015年4月16日というのは、今もなお続く一連の汚職の摘発が始まった日でした。

正確に言えば、2014年5月から税関汚職に関する捜査が始まり、関係者の電話盗聴などを経て、ラ・リネア(The Line)と呼ばれる税関汚職に関係していたとされる容疑者の逮捕・指名手配が行われたのがこの日でした。

このラ・リネアの中には当時副大統領であったロクサナ・バルデッティの私設秘書官フアン・カルロス・モンソンの名前もあったのですが、当日モンソンはバルデッティと共に韓国を訪問しており、モンソンはグアテマラに帰国することなくそのまま国際指名手配となったのでした。

逮捕された容疑者に対する最初の予備審判で、検察が行った盗聴電話の録音が公開され、その中で大統領・副大統領と推測される名前が出てきたことから、両者への疑惑が強まります。モンソンはバルデッティの秘書官であり、一緒に帰国する予定であったのに逃亡を見逃したことから、バルデッティの辞任を求める声が高まります。

4月25日土曜日。この後数週間にわたって毎週土曜日に繰り返されることになる、憲法広場での市民によるデモが行われた最初の日です。

5月6日にはバルデッティの不逮捕特権剥奪の可否を問う訴追手続きが開始されるのですが、バルデッティは8日に辞任(逮捕は8月20日)。

こうしてグアテマラの政治と歴史が大きく動いている最中にIGSS-PISA事件も進展を見せていったのでした。ラ・リネアで政府高官に迫った検察を見て、当時のIGSSの高官が焦ったであろうことは想像に難くありません。

IGSSの理事長であり、当時の大統領オットー・ペレス・モリナの側近であったフアン・デ・ディオス・ロドリゲスを始めとする16人が逮捕されたのは5月20日のことでした。この中にはピサの営業部長であったエドガー・レネ・デ・ラ・ペーニャやラミロ・ロレンサナ・オルティスの名前もあります。容疑は殺人ではなく贈賄・収賄・共謀・詐欺など。亡くなった方々に対する刑事責任を直接求めることは難しいかもしれません。せめて民事で賠償請求をして欲しいとは思うのですが。

そしてこの汚職事件が、意外なところでラ・リネアの解明に関係していた・・・という話はまた次回。