Monthly Archives: September 2015

再び難民に関する雑記

国連総会に出席した安倍首相が内外記者会見の席上、ロイターのブラントロム記者が「日本が難民を受け入れるという可能性についてはどう考えるのか」と問われ、「これはまさに国際社会で連携して取り組まなければいけない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々はいわば移民を受け入れるよりも前に やるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもありま す。同時にこの難民の問題については、日本は日本としての責任を果たしていきたいと考えておりまして、それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えてい くために、日本としては貢献をしていきたいと考えております」と頓珍漢な回答をしたという話。

恐らく難民と移民がごっちゃになったのでしょうが、かなり残念な発言ではありました。折角なのでビデオも見てみましたが、うーん。ラテンアメリカ諸国の政治家って演説上手いんですよね。記者会見も慣れているし。表情とか表現が今ひとつなのはともかくとして、一般演説でも冒頭発言でもシリア難民の話に触れていた上に、これっていかにも聞かれそうな質問じゃありませんか?それなのに、この回答。残念無念。

そしてそのロイターの記事はこちら(英語)Abe says Japan must solve its own problems before accepting any Syria refugees(安倍首相「日本はシリア難民を受け入れる前に自国の問題を片付ける必要がある」と発言)。anyが付いてますからね。。。「難民受け入れは国際社会で話し合ってどこかに受け入れてもらい、難民を生み出す土壌そのものを変えていくために自衛隊派遣するんだよー」とかいう意味なのかな。ついでにグアテマラの治安維持とかやってくれたら個人的には嬉しいかも。それにしても難民問題を尋ねて出生率の話を持ち出された記者さんは目がテンになっただろうな。

以下は安倍首相の国連総会における一般討論演説からの抜粋です。

嬰児(みどりご)をもつ母ならば,その健やかな成長を,それのみを願うことができる環境を,日本は作りたいと念じます。

そう考えていたとき,一枚の写真に出会いました。ある難民女性の,カバンの中身を写した写真です。

手荷物をたった一つだけ持って難を逃れるとき,人はカバンに,何を詰め込むのか。

ダマスカス南方にあるパレスチナ難民キャンプを逃れ,ゴムボートで地中海を渡った二十歳(はたち)の女性,アベーサ(Aboessa)は,多くを持ち出せませんでした。

写真に写っているのは,生後10ヵ月の,娘のものばかりです。

靴下の替えが一足。一つの帽子と一ビンのベビーフード。眺めるうち,私の目は,ノートのような何かに釘付けになりました。

ビニールで大切に包み,水がかかっても大丈夫なようにしてあるノートをよく見ると,それは,私たちがシリアの難民キャンプで配った「母子健康手帳」だったのです。

日本では,懐妊を知った女性は手帳を貰います。母子の健康を長く記録するノートで「母子健康手帳」といい,この制度は70年以上続いています。

手帳が書き留めた身長や体重を見て,わが子の成長に目を細める母のうち一体誰が,その同じ子が,成長したのち,恐怖の使徒となるのを望むでしょう。

手帳は母の,「わが子よ,健やかなれ」と願う,祈りの記録です。それは力を帯びる。この子に,命を粗末にはさせじと,母親に念じさせる力です。

絶望や恐怖を生む土壌を,母の愛で変えたいと願えばこそ,私たちは,パレスチナや,シリア,ヨルダンの難民キャンプで,母子健康手帳を配ってきました。

そんな願いのこもった手帳を,脱出行(こう)のさなか,大切に持ち続けた女性が確かにいた。

一人,ひとりを強くすることを目指す「人間の安全保障」の思想が,悲しくも,雄弁な結実を生んだことに,私は打たれたのであります。

母子健康手帳を配るのは素晴らしいです。でもそれだけではなく、母親が「嬰児の健やかな成長を、それのみを願うことができる環境」を提供するのも「人間の安全保障」でしょう。そんな子たちが日本ですくすく成長してくれたら、母子手帳どころではなく感動してしまうと思うのですが。

基本的に日本の政治の話を書くつもりはなかったのですが、昨日難民の話を書いたばかりだったこともあって、一言書いておきたくなりました。もっとも、私の昨日の文もいろいろと混乱してますが。

難民についての雑記

1960年から96年にかけて、36年間続いたグアテマラ内戦の間、多くの人が着のみ着のままで逃げ出さざるをえず、山に隠れたり国内の他の地方に移動した人の他、国外へ逃げ出さざるを得ない人もまた多くいました。難民として国境を越えた人たちの数は約10万人。メキシコ、ホンジュラス、そしてアメリカが主な行き先でした。

同じく1980年から92年にかけて内戦が勃発したエルサルバドルでは、小さな国土から溢れるように人々が出国。当時450万人だった人口の内、約50万人が難民となりその大半がアメリカのカリフォルニア州に移住したと言われています。

難民として居住ビザを取得し、アメリカで仕事を得た人々が生国へ送金するようになり、それ以来両国では「アメリカに住む家族からの送金による生活する」という経済セクター(?)が出てきます。それを見た隣の人たちが我も我もと北を目指すようになったのが不法移民なのでしょうが、それはともかく。

最近国交回復したキューバからは、以前はボートが数限りなく辿り着き、2007年の統計ではキューバ生まれでアメリカに住む人の数は63万人近くにまで上ったそうです。

政治的要因があったとは言え、アメリカはこういう人たちを受け入れていったのでした。

1997年のUNHCRの資料を見つけたのですが、それによれば当時アメリカで暮らす難民(国籍各種)は60万人近く。でも最大の難民庇護国はイランで200万人超(アフガニスタン、イラク)、次いでドイツの127万人(国籍様々)。ついでに当時UNHCRが援助していた難民数はもろもろ合わせて2200万人、UNHCRが援助していない難民も合わせると5000万人に上ったのでした。

それが現在ではどうなったか。

2014年のUNHCRの報告書によれば、もろもろ合わせた難民の数は5950万人。未だに難民は増えている。内訳を見ると最大の難民はシリア人で2014年に国を出たのが155万人という脅威の数字。人口1800万人の国の155万人。報告書には「2001年の380万のアフガン難民に匹敵する状況」と記されています。2014年当時からシリア難民の最大の受入国はドイツ。最近ニュースでシリア難民のことが話題になっていましたが、ドイツは以前からシリア難民を受け入れていたということは、この報告書を見るまで知りませんでした。

同じ報告書の17ページに1980年以降の難民発生数が多かった50カ国というのが掲載されています。アフガニスタンがずっと真っ赤なのがすごい。グアテマラの難民発生が1982年から84年の3年間に集中していたという事実も、「やっぱり」という感じです。

世界中にこれだけ多くの難民がいるのに、日本は難民受け入れでは冷たいなー(お金はちゃんと出してるけれど)。最近の安保関連法改正では「国際貢献」が表に出ていたと思うのですが、難民受け入れという国際貢献を積極的にやるつもりはないのかしら。これこそ「人道」であり「国際情勢からくるニーズ」だと思うんだけれどな。

東日本大震災があり、原発事故が起こった時、多くの人が国内避難民となりました。2015年3月時点でその数は22万人。事情は違えど、やむを得ず家を捨てて生活をしなければならないという状況を、日本の人なら理解できると思うのですが。

アマランサスのおこし

Amaranto Bar

グアテマラ風オーガニックおこし、とでも言ったらいいのかな。

材料はアマランサス、アマニ(亜麻の実)、ゴマ、パンプキンシード、干しぶどう、チアシード、ブルーベリー。以上をパネラ(サトウキビの汁を煮詰めて乾燥させたもの)で固めて作られている、超健康食品です。

原料は多分いずれも国内生産されているはず。アマランサス、チアシード、パンプキンシードはマヤ時代からあったとされています。チアシードはレモネードに入れて飲むことの方が多いのではないかな。ゴマほどの小さな種なのですが、表面の多糖分が水分を含むとゼリー状になって口あたりがいいんですよね。味はそんなにしないかな。

これを作っているArtesanoというところ、100%ベジタリアンというかヴィーガンな食材を提供していまして、パン、ベジミート、グラノーラ、豆乳などを扱っています。

このアマランサスおこしは、グアテマラの伝統的なお菓子っぽく見えなくもないのですが、甘さ控えめでおいしい。おこしというよりはグラノーラバーなのかな?

美味しいので、手元にあるとついバリバリ食べちゃうのが困ったところ。カロリーは決して低くないと思うんだけれど・・・。3本入りでQ15.90というお値段もグラノーラバー的かな。

Renap

今日はRenap(市民登記所)へ行ってきました。以前書いた通り、小僧のパスポートを更新するために必要な私の書類をゲットするためです。

実は先週も行ってまして、都合これで3回目。先週はCertificado de Asiento de Cédula de Vecindad(セドゥラ-以前の身分証明書-を作った時の記録の証明書)をゲットしたのですが、Atestado de DPI(DPI-現在の身分証明書-を作った時の記録)がまだ見つかっていなかったようで、再度来てくれと言われていたのですね。

まだ見つからないって、1ヶ月以上時間あったじゃん。。。

と思いながらも仕方がないので、その日はそのまま帰り、今日再び行ったわけです。待つこと40分くらいだったかな?自分の番になったので窓口へ行き、「書類取りに来ましたー」とにこやかに挨拶。担当の人はパソコンをいじって、何かを印刷し始めるじゃありませんか。それはどうやら私のセドゥラのコピーとかその他の書類とか、そういうものであるらしい。やったねー、と内心ガッツポーズしたものの。

実は印刷して渡してオシマイ、という類の書類ではなくて、全6枚のその用紙の束をまとめ、最終的には公証人のサインをして渡すことになるようです。

というわけで、「今度は10月某日に来て」。

あのねー(怒)

とりあえず、私の書類があって、それがデジタル化されていて、印刷されたことまで確認できたらか一歩前進。それにしても時間のかかること。民営化されてもやっぱりお役所仕事。いや、私の経験から言うと、グアテマラ市役所の方が仕事が早いような気がする。他のところは知らないけれど。Renapとは相性悪いようです。

そんなわけで、小僧のパスポートは10月以降になってしまいました。パスポートが切れる11月まではまだ時間があるからいいけれど。

小僧は来年18歳で成人なので、私は今回だけこの書類を提出すればいいけれど、子供が何人もいる外国人親、あるいは子供がまだ小さくて何度か更新しないといけないようだと辛そうです。

とにかく面倒くさいグアテマラの役所関係手続き。ズルしようとする人が多いので、段々厳しくなるんだとはわかるんだけれど、もうちょっと何とかならないかとシミジミ思います。

あーまた行くのかー。Renapめ。

ペットシート危機

最近ちょっと困っていること。それはペットシート、つまりペットのおしっこ用のシートがどこを探しても在庫切れ、ということなのであります。

我が家のぴょん族は日中は晴天だろうと雨が降ろうと庭で過ごすことになっているのですが(週末除く)、夜間は屋内生活。夜行性のぴょん族用にペットシートは必須です。

それなのに、3週間ほど前からペットショップのペットシートは在庫切れ。スーパーにちょびっと置いてあった在庫も先週くらいからほぼ無くなっており、あちらを探してもこちらを探しても在庫なし・なし・なし。

買い置きのペットシートが底をついたこの週末は某なんでもおいてある屋さん(Todo bajo un techoがスローガンのお店です)で絵入りのオシャレなペットシートをゲットしましたが、絵なんか入ってるせいかちょっとばかりお高いですが、背に腹は代えられないというか、泣く子とぴょん族のおしっこには勝てないというか。

グアテマラはこの類の製品を国内生産していないので、全部輸入になります。多分、輸入手続きに時間がかかっているのが原因ではないかと。最近前大統領やら前副大統領やら税務署やらが関わっていたとされる大規模な脱税組織が摘発されているので、通関手続きが厳正化されており、やたらと時間がかかるようになっているのではないかと推測しているのですが、実際のところはどうなんだろう。

そう言えばオットー・ペレス前大統領が大統領に就任した次の月に税法が改正されて、輸入通関に時間がかかるようになったんですよねぇ。あまりに時間がかかるから税関と共謀して賄賂を払い、とっとと通関させてもらってたってのが摘発された脱税組織だったのではないかと想像しているのですが、実際のところはどうなんだろう。

とりあえず、いつになったら新規入荷となるのか、さっぱり不明です。困ったなぁ。新聞で代用できないわけではないんだけれど、吸収力が違うものねぇ。

そんなわけで困った時のAmazonでポチることとなりました。商品そのものの料金は、グアテマラで買うより安いです。アメリカ国内の送料はとりあえず無料になるようにして、アメリカからの送料とグアテマラでの関税がいくらになるか。船便ではなく空便なので通関にやたらと時間がかかることはないと思うのですが、実際のところはどうなんだろう・・・。

先週ポチったペットシート、今晩にはマイアミからの貨物便に載る予定になっています。早ければ明日には引き取れるはず。遅くとも今週中には入手できるかな。

できないと困る。。。

民主主義の時代の一揆

日本の安保関連法の成立のニュースはグアテマラにも届いています。と言ってもここらの国際ニュースは通信社のものをそのまま掲載するので、通信社が同じだとどこで見ても全く同じ論調になりますが。

Japón aprueba la controvertida reforma militar entre protestas (Prensa Libre)

「日本、抗議の中で問題の軍事改革を可決」というタイトル。そうか、軍事改革なのか。そう言われればそうかも。配信はEFEです。

記事には、この軍事改革で自衛隊が同盟国が攻撃された時に同盟国のために戦う、あるいはロジ支援を行うこと、国連安全保障オペレーションに参加することを認めるものであること、そして今日まで憲法第9条により制限されていた行動であることが書かれています。

個人的には、憲法の解釈の変更という姑息な手段ではなく、憲法改正を視野にいれて広く論議して欲しかったと思っています。日本にも憲法裁判所あったらいいかもね?とか思わないでもないですが、今日書きたいのはそこではなく。

国会前に多くの人が集まったデモ集会。日本でも政治問題でこれだけ大規模なデモが行われるのかとちょっと感心してしまいました。グアテマラではデモは割と頻繁に行われていますが、最近大統領を辞任に追い込んだ大規模デモは記憶に新しいところです。

数週間にわたって毎週土曜日に行われた抗議集会。細々と続いていたこの活動が、前副大統領の逮捕を受けて盛り上がった8月27日の集会は見事なものでした。皆慣れているだけあって?楽しそうだし。集まった人たちは国旗を手に皆で国歌を歌って盛り上がり、一体何度繰り返されたんでしょうね、国歌。。。ついでに食べ物やらグッズ(この場合は旗とかブブゼラとか)の売り子さんたちが集まって、デモという名の祭りの出来上がり。ちょっと気になるのは、あれだけ多くの人が集まったら、トイレはどうしたんだろう・・・ということだったんですが。それはともかく、今回のデモは「非暴力」という点でも際立って統制がとれていて見事なものでした。

今、エルサルバドルやホンジュラスでも「グアテマラに続け」と抗議行動があるようですが、グアテマラがデモにより大統領を辞任に追い込めたのは、CICIG(国連のグアテマラの無処罰に対する国際委員会)の存在と目前に選挙があったということによるものなので、他の国でデモやったからといって同様にいくかといえばはなはだ疑問です。

逆に言うと、政治家というのは選挙の時にしか国民の方を見ないものなのだということをあらためて感じたというか。これが選挙直前でなければ、どんなに抗議行動が大規模になったとしても国会で大統領の不逮捕特権が剥奪されることはなかったでしょう。タイミングはやっぱり重要なのです。

グアテマラでは国会議員は「国家の父(Padres de la Patria)」、すなわち国父と呼ばれています。実際にその呼称に相応しいかどうかははなはだ疑問に思うこともありますが、総選挙では大統領の選挙に注目が集まるため、国会議員選居に関心が向きにくく、結果としてどんな人が選出されているのかなかなかわからなかったりしており、これってあらゆる選挙を一斉にやることのマイナス面かもしれません。

それでも、今のグアテマラは「自分達の手で汚職まみれの大統領を追放した」という自信が漲っており、特に若年層が政治に関心を示したことが、この政治危機の中で得られた一番大きな財産ではなかったでしょうか。元々ラテンアメリカの風土って、誰もが政治とサッカーについては一家言を持っているようなところがあると思っているのですが、言葉だけではなく、行動でもそれを示したという。

民主主義というのは、誰もが自分の思っていることを主張できる体制であると同時に、誰もが他人の意見に耳を傾けなければ成立しない体制であるはず。そんな意見の異なる人たちが「大統領の辞任を求める」という一点で一つとなり、その勢いが国父たちを動かし、一国の長を引き摺り下ろした。これは一揆だ。今でもあれは誰かの陰謀じゃないかと半分思っていますが、誰かが裏にいようといまいと関係ない(笑)。鳥肌モノだよ。

1996年の和平合意と同様、グアテマラの歴史の一幕に立ち会うことが出来て嬉しいです。

ここでグアテマラに期待、と書くとぽしゃってしまいそうな気がするのでやめておいて(笑)、後はこれにサッカーのグアテマラ代表が続いてくれたらカンペキ、とささやかな希望だけを書いておくことにしよう。

まとまりのない文章になってしまいましたが。

選挙結果確定

9月6日に行われた総選挙の結果が、15日の独立記念日になってやっと公式に発表されました。TSE(最高選挙裁判所)のサイトの集計結果は未だに99.09%で止まっている状態なのですが、大統領選の公式結果は次の通り。

    1. ジミー・モラレス (FCN-Nación)   1,152,394票
    2. サンドラ・トーレス (UNE)   948,809票
    3. マヌエル・バルディソン (Lider)   930,905票
    4. アレハンドロ・ジャンマテイ (Fuerza)   315,774票
    5. スリィ・リオス (Viva)   288,471票

以下省略。

選挙人登録をしているのが7,556,873人、投票数が5,270,489人で投票率は過去最高の71.33%。この内有効投票数は4,802,730票だったそうです。

しかし。数字が開票率99.09%の時より下がっているのはどうしてなんだろう。。。謎。

とりあえず、モラレスとトーレスの2人が10月25日の決選投票へと進むことが決定、まだまだ続くよ選挙戦。。。ついでに、選挙時・選挙後の混乱で投票用紙が燃やされたりした11の自治体についても同じ日に再度市長選が行われます。また投票用紙が燃やされたりしたらどうするんでしょうね。もっとも今回は自治体の数が少ないからそこに警官を集中しとけばいいのか。

この公式発表に先立って、14日の月曜日、マヌエル・バルディソンが敗北宣言と共に離党を発表しています。Liderはバルディソンが大統領になるために作った党で、そこから離れるとはこれいかに。

なんだかんだ言ってもLiderは国会では最大数を確保していて、力を持っているのですよね。でもバルディソンが表に立つことは党のために良くないと判断したのか、あるいは4年後の大統領選挙に向けて、今度は(前回と違って)あまり派手な行動をせず、地下に潜ってイメージを一新しようと図っているのか、はたまた本当に政治から離れるつもりなのか。このままマジで引退するとは思えないので、今後の動向が楽しみです。

そして今日16日になって、やっと副大統領が決定。アレハンドロ・マルドナド大統領が出した副大統領の候補3人の中から国会で選出されるという手続きなのですが、国会議員の定員の過半数(定員が158人なので80票)を獲得した上で最大の賛成票を得た人が副大統領になります。誰か一人に投票するのではなく、各候補について賛成、反対、白票の3つから選択。

これが最初の投票では決まらず、2回目でも決まらず、2回目の投票の後、国会議長が各党の国会対策委員長を呼んで話し合わせて合意に至ったらしく、3回目の投票で決まりました。そうして誕生したのがフアン・アルフォンソ・フエンテス・ソリア副大統領。歯医者。国立サン・カルロス大学の歯学部長、サン・カルロス大学長(1990-1994)、大統領府人権委員長(2001-2004)などを務めたことがあります。

前政権の副大統領ラファエル・エスパダが心臓外科医で、今度は歯科医。医者ってのはグアテマラの副大統領向きなんでしょうか。。。

実はフエンテスさんはあまり本命視されておらず、1回目の投票ではラケル・セラヤが79票とあと1票のところまで迫っていたのですが、結局ラケルさんは選ばれず。どういう力学が働いたのか知りませんが、一番無難な候補だったってことなのかも。

フエンテス副大統領は本日の内に宣誓して副大統領に就任。任期はちょうど4ヶ月ですが、4ヶ月だろうと元首ですからね。これでやっと空席になっている閣僚の任命も行われ、行政を立て直すことができるのかな。

立て直すためには時間が短すぎるかも。とりあえずはこれでやっと大統領も仕事に取り掛かれる、はず。結果は見てのお楽しみ。。。