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マリスコス旅行 カスティーヨ・デ・サン・フェリペの続きの続きのそのまた続き

Castillo de San Felipe

カスティーヨ・デ・サン・フェリペの造りはわりとこじんまりしていて、通路も狭ければさほど天井も高くなく、当時のスペイン人って小柄だったんだろうなーという気がします。スペインっぽい屋根瓦。入り口側の建物から撮っていますが、左側と右側の2つの屋根は、食堂と台所と、それからえーと・・・。小さな工場というか作業所もあったっけ。人が立ってる向こう側の建物は礼拝所だったような・・・。ただしこの礼拝所、明かり取りの窓がなくて中は真っ暗。ろうそくでも灯せばちょうど有難い感じになるのでしょうか。それとは別に超真っ暗な部屋がありまして、何も見えなくて怖かったので、早々に出てきました。

怖いと言えば、これ。

Castillo de San Felipe

床に四角い穴が開いていて、そこから下に続く階段・・・にしちゃ誰も降りれないような。てか、あまりにも不気味だったので中を良く覗いていません。腕を伸ばして写真を撮るのが精一杯。不気味なんですもん。

このカスティーヨ・デ・サン・フェリペ、海賊時代に要塞として使われていましたが、海賊がいなくなった後は牢獄として使われていたそうで、何だか怨念とかも漂っているようないないような・・・。

Castillo de San Felipe

中庭?に面した部屋の窓から向こう側を見てみた風景。壁の厚さがすごいです。向こうの部屋のその向こうにあるオシャレなドアのそのまた向こうはイサバル湖というかリオ・ドゥルセ。中庭は煉瓦タイル。雨がまたしとしと。一番上の写真で写ってる中庭ですが、その時は乾いていたんですよね。そんなに強い降りじゃなくてもこれぐらい水が溜まるんだとしたら、雨が強い時はどうなるんだろう・・・。

Castillo de San Felipe

入り口の門の上から外を眺めたところ。ここに門番がいて、誰か来たら巻き上げ機を使ってドアの開け閉めしてた・・・と想像。当時こんな風に公園整備されていたわけではないでしょうが、道はさほど変わってないのかもしれないですね。

お天気が良かったらもっときれいな風景が見られたのでしょうが、これはこれで楽しかったです。ぶらぶらしている間に、ずぶ濡れだったのも少し乾いた・・・と思ったらまた小雨が降り始めたのでした。ちぇ。

マリスコス旅行 カスティーヨ・デ・サン・フェリペ 続きの続き

前回は書いている内に眠ってしまったようで突然終わってしまいましたが、今日は前回の続き、というこで続きの続き。

カリブの海賊は16~18世紀にカリブ海を我が物顔に荒らしまわっていたそうです。狙いは当然新大陸から旧大陸へと運ばれる金銀財宝。港やその近辺の倉庫や要塞よりも、船を襲うことが効率が良かったようですが、そうは言っても守る立場の人からすれば、地上の要塞だっておろそかにするわけにはいかないわけで。

グアテマラ付近はさほど重要な港ではなかったそうですが、それでも海賊対策はそれなりにされていたわけであります。ま、要塞と言っても、椰子の木よりちびっ子だけれどね。

Wikipediaによればカリブの海賊の最盛期というのは1660年から1726年だったのだそうですが、この時期のカスティーヨ・デ・サン・フェリペは何度も海賊の攻撃に晒され、補修・改修・改築の繰り返しだったようです。

1679年には奇襲を受けて守りきれず、海賊はマリスコスまで到達したとか。当時のマリスコスは倉庫の役割を果たしていたのだそうです。

1684年には海賊に乗っ取られて焼かれた上に武器を奪われるという情けなさ。当然、「この要塞はこれ以上所持しておく必要があるのか」なんてことが討議されたのですが、グアテマラ総督府からカリブ海に繋がる唯一のルートであったことから「やっぱり必要だよね」てな結論になりまして、増築・補修され、兵士100人が駐留できるサイズになりました。

この後しばらくは平和な時代が続きますが、1736年には再び攻撃があり、他の場所にも見張り所を設けたのでした。

。。。なんて話が入場券に書かれています。レターサイズ両面の3色刷りという豪華な入場券。公園の入り口で買って、カスティーヨに入る時に提示しないといけないのだけれど、その後は紙飛行機を折ってカスティーヨから飛ばすとか、いろいろできるよね。ちなみに入場料のQ10というのはグアテマラ人料金です。「グアテマラシティに住んでるんだけれど」と言ったら、「じゃあQ10でいいよ」と入り口のおじさん。「住んでても外国人だよね」って外国人料金取られることの方が多いんで、かなり好印象になりましたよ。

さて、この入場券には海賊がいなくなって、要塞が使われなくなった後のことも書かれています。

1955年にこの要塞は再建されて現在に至るのですが、これを担当したのが建築家のフランシスコ・フェルス・ロイグ(Francisco Ferrús Roig)。カスティーヨ・デ・サン・フェリペの他、サン・ホセ・デ・ロス・インファンテス校の改築なんかもやった方だそうです。まず古文書を調べ、その後発掘調査をしてみたら大判小判がざっくざく、なんてことはなくて、いろんな時期の建築物跡が見つかったのだとか。それらの構造を損なわないように上屋を造ったのが現在のカスティーヨ。

ってことは、結局小ぎれいに再建されてしまったミスコ・ビエホみたいなものなのかしら・・・。

Mixco Viejo

ミスコ・ビエホの双子ちゃん。ここまで奇麗に再建されていると風情がないという贅沢な愚痴。

一方カスティーヨ・デ・サン・フェリペの方はそれなりにいい趣がかもし出されています。

Castillo de San Felipe de Lara

入り口近くの中庭のところ。周りの部屋は比較的広いです。窓はこんな格子窓。部屋によっては明かり取りの窓なんかもあったり。

Castillo de San Felipe

塔から見た見張り所かな?川というか湖というか、そんな微妙なところをしっかり見渡せるように作られています。もちろん大砲付きですが、この大砲ってどれくらい飛ぶんでしょうね。

Castillo de San Felipe

別の方角。新たなランチャが一艘通過してますが、対岸がいかに近いかがわかると思います。さて、ここで大砲をぶっ放したら、対岸まで届くのかしら・・・。

そろそろ時間切れなので今日はこの辺で。あともう1回ぐらいカスティーヨ・デ・サン・フェリペの話が続きます。

マリスコス旅行 カスティーヨ・デ・サン・フェリペの続き

ちょっとばかり多忙にしていました。何だかあっという間に時間が過ぎていった2月ですが、時間がある時にとりあえずブログも更新。今では遠い昔のこととなってしまった、楽しかったマリスコス旅行の続きです。あーまた行きたいなー。

さて、遠い昔の前回にはカスティーヨ・デ・サン・フェリペの外観をアップしたところで精根尽きてしまいました。正確にはCastillo de San Felipe de Lara(カスティーヨ・デ・サン・フェリペ・デ・ララ)という名前だそうです。建設されたのはスペインがこの地を侵略し、金銀財宝をせっせとスペインへ運んでいたらカリブの海賊がやって来たという、あのジャック・スパロウが大活躍していた時代ですね。ひょっとしてジャックもリオ・ドゥルセに来たりとかしないのかしら。

そんなジャック退治・・・というか海賊退治のため、スペインはカリブ海にいくつか要塞を造っていますが、このカスティーヨ・デ・サンフェリペもその一つ。要塞としてのみならず、スペイン本国へ送る物を集めておく倉庫としても使用されていたそうです。そして倉庫があるから海賊がやって来る。海賊がやって来るからまた要塞を造ってついでに倉庫も造る。倉庫があるから海賊がやって来る。というイタチゴッコが美しいカリブ海で繰り広げられていたわけですね。

記録では、1595年にグアテマラ総督がスペイン国王に「海賊が襲ってくるので要塞建設を許可してほしい」と書き送り、フェリペ2世が「12人詰めの塔のついた要塞ならOK!」と許可されたのですが、この時建設されたサンデの塔は1604年に海賊の攻撃により破壊され、現存するブスタマンテの塔が建設されたのでした。ブスタマンテの塔には大砲が19機備え付けられています(内17機が鉄で2機がブロンズ)。

Cañon de Castillo de San Felipe

この大砲は入り口の門の上にありまして、内陸部を向いてます。台座は石でそこにぽーんと置いてあるだけというシンプルさ。シンプルながらも砲身にはスペイン王室の紋章らしきものが。

Cañon de Castillo de San Felipe

紋章があるだけで、価値上がりそう。これはブロンズっぽいです。

1640年頃には既に有名な海賊ってのが存在していたらしいです。恐らく現在で言うところのマラ・サルバトルチャとかマラ・ディエシオーチョとか、そういう類になるんだろうか。現在のジャマイカとかプエルト・リコとかドミニカ共和国とかホンジュラスのロアタンとかグアナハとか、そういう島々を本拠地にしていたのだそうです。

海賊がうじゃうじゃいてどんどん襲ってくるものだから、要塞もどんどん壊れていく。せっせと補修しても追いつかなくて大改修というか再建工事を行ったのが1650年、サン・フェリペという名前がついたのもその時だそうです。名前の由来は当時のスペイン国王だとか。だったらサン(聖)とかつける必要ないんじゃないかと思わないでもないけれど、とにかく。フェリペという名前のスペイン王はたくさんいますが、この当時はフェリペ4世ではないかな。現在の王様もフェリペですが、この方は6世ですよね。

フエゴ火山噴火

・・・なんてのは別に珍しいことじゃなくて、どっちかというと「またか」という感じなのですが、何故か日本で結構ニュースになってたようなのでちょっとだけ。

グアテマラの三大活火山(と勝手に命名してみました)と言えば、フエゴ、パカヤとサンティアギート、って辺りでどなたにも異論はないのではないかと思います。特定16火山にも指定されているサンティアギート(登録名はサンタ・マリア火山みたいだけれど)はシェラ方面なので置いておいて、グアテマラシティからさほど遠くないところにあるパカヤとフエゴは、しょっちゅう煙をもくもくしているのを見かけます。

朝の通勤途上、エルサル街道を下っていた時に、フエゴがぷくーっと煙を吐いたのを見たこともあるし。丁度タバコを吸って旨そうにぷくっと煙を吐き出すみたいに。吐いた後の煙は数分で影も形も無くなってしまうところまで一緒です。煙を吐いてると、火山も何だか機嫌が良さそうだし。

Fumarola

これは2011年1月にアンティグアの隣町、サン・フェリペ・デ・ヘススにあるフィンカ・フィラデルフィアに行った時に撮った写真。ね、何だか気持ち良さ気じゃありませんか?こうして時々ガス抜きしておいてくれれば、あんまり派手に噴火しなくてもいいんじゃないかと思うんだけれどね。

フエゴが噴火するのは別に珍しいことではなく、前回は2012年に噴火して、地元の人が避難したことがありました。今回の噴火ではアンティグアなど火山の近くの町ではかなり降灰があったようですが、それ以外にはあまり大きな被害は伝えられていません。フエゴ火山の麓にはコーヒー農園がいくつもあるのですが、そちらの方で被害が出ているとか出ていないとか。あの辺のコーヒー農園なら、もう収穫は終わっているような気がするのだけれど。

Alerta anaranjada volcán Fuego 004
photo by Conred Guatemala on Flickr

これはConred(災害対策コーディネーター)が撮ったアンティグア市内の写真。軽い灰で空中に浮遊していたりしたため、アンティグア辺りではマスクを使ってた人も多かったようです。灰はしばらく降り続いたり風に流されたりしたため、掃除しても掃除しても気がついたらまた灰が、って感じだったらしいです。

Ceniza de Volcán de Fuego

こちらは私の車に積もった灰を車の中からパチリ。まさかここまで飛んできているとは思わなかったけれど、微妙に積もってました。確かにウチ付近からも天気良ければフエゴとか見えたりするわけですが。

もう少しアンティグアに近いグアテマラシティではところにより降灰があったようです。そんなわけで空港も24時間とちょっとばかり閉鎖。フエゴ火山の活動が終息した昨日の夕方に再開となりました。

個人的には2010年のパカヤ火山の噴火でグアテマラシティに黒い灰が降り積もった時のことが忘れられません。夜半に突然シューーーという耳慣れない音がして、何事かと思ったら灰が降っていたという。しかもあれは雨季だったしな・・・。とりあえず今回は被害が大きくなかったのが幸いでした。空港閉鎖になって影響受けた人6000人とかいう話もあったけれど、あの空港って1日に6000人も利用するの?知らなかったよ・・・。それにしても空港に積もった灰を掃除するために、ホウキとチリトリ使ってた写真には笑ったわ・・・

最後にリッキー・ロペスが撮影したフエゴ火山の噴火の様子。ロペスは数年来ずっとこの火山を取り続けているのだそうで、火口から9kmのところにある家屋から撮影したもの。2月7日18時から23時にかけて撮影したものを早送りに編集しています。

サンタ・カタリナ・ピヌラ市街地遠景

先週末、10区のアルカディア・ショッピングに行ったのですが、テラスからその辺を眺めていた時、南側に大きな青い丸い屋根、教会のドームがあるのが見えました。

あんなところに教会ってあったっけ?と思って地図アプリを立ち上げてみると、どうやらサンタ・カタリナ・ピヌラの市街地であるらしく。あ、こんなに近かったんだ・・・。知らんかったよ。これでも一応サンタ・カタリナ・ピヌラ市民なんだけれどな。

Santa Catarina Pinula

この写真ではちょっとわかりにくいので、赤丸つけてみました。こんなに近い。でも10区とサンタ・カタリナの市街地の間には確か川が流れていまして、ここから向こうへ真っ直ぐには行けないのでした。向こうに行きたい時は、この写真の左がの方へ進み、山道を登って降りないといけないのですね。それがまたサンタ・カタリナ特有のウネウネとした急カーブが続く山道。

写真で向こうの方に見えてる山はパカヤ火山です。

Santa Catarina Pinula

位置関係をGoogle Earthで確認してみるとこんな感じ。青矢印がアルカディア、赤矢印がサンタ・カタリナ・ピヌラ市街地。教会がある辺りに矢印ついてます。サンタ・カタリナの市街地が小さく収まっているのがわかりますよね。住宅街と住宅街の間にある細い線がピヌラ川。ここがグアテマラシティとサンタ・カタリナ・ピヌラの境ってことか。

・・・てなことに今更ながら気が付いたのでした。

それにしても、橋、架けようよ!

サンタ・カタリナへ行くにはものすごい山道を通って行くわけで、この付近から真っ直ぐ行ける橋があれば良さ気だけれどなぁ。

将来的にエルサル街道(フライハーネス)からグアテマラシティ(14区)へ抜けるバイパスを建設する計画がありまして、有料道路になるという話なので、この付近に高架橋を架けるのかもしれないなー、と地図を見ながら想像したりしたのでありました。

それにしてもこの付近の渋滞、誰か何とかして。